果ての森までの道のりは一瞬だった。
 魔法院の庭にいたはずなのに、一瞬後には別の場所にいた。
 転移の魔法である。

「驚いた」

 シャリアは思わずつぶやいた。

 草原では、魔法使いに出会うことなど滅多にない。おまけに草原の一族には、いまだかつて魔法使いになったものはいない。けっきょく、魔法とほとんど縁のなかったシャリアには、魔法とはやはり驚くべきことだった。

 あたりを見回すと、森の中にできた空き地のようだった。

 しかも、目の前にあるのは、完膚無きほどまでに破壊され尽くした廃墟としか言い様のないものだった。

 もとは壁や柱であったらしい残骸がごろごろしているが、草や蔦はそれほどはびこってはいなかった。長い間に風化して壊れたというわけでもないのだろう。

 どうやったら、こんなふうに破壊することができるのか、シャリアには見当もつかなかった。

「壊したのは、メディアだよ」

 側にいた兄のこともなげな説明に、シャリアは思わず納得する。

(城が壊されるって、言うはずよねえ。こんな前科があるんじゃ)

 かろうじて残っていた壁の影から、女性が姿をあらわした。

「こっちだよ」

「カリナ、来ていたのか」

「呼んだのは、あなただろう」

 かすかに笑って答えた女性は、二十六、七才くらいに見えた。細身の身体に、白いシャツと黒い細身のズボンという軽快な出で立ちで、首筋あたりまでしかない髪は淡い金色。顔立ちはややきつめで、中性的な印象を与えるが、決して男性的というわけではない。むしろ華やかな色気があると言っていい。明るい茶色の瞳が、興味深げにシャリアたちを順に見回した。

「なにがあった?」

「説明は後だ。彼はどこに?」

 ラムルダの性急な問いかけに、カリナは苦笑すると答えた。

「こっち」

 壁の残骸の向こう側に彼らを導く。
 そこには、三十代ほどに見える男性が死んだように眠っていた。

 やわらかそうな栗色の髪に、すっきりと整った容貌をしていた。しかし、あまりいい生活をしていないのだろう。肌に張りがないし、血色もよくない。おまけに、目の下には隈があった。着ている服もくたびれている。

「眠りの魔法をかけておいたから、ちょっとやそっとでは起きないよ」

 と、すぐに男性の上にかがみ込んでしまったラムルダに、カリナが声をかけるが、完全に無視される。院長は、彼の額に手をかざすと、何か一心に呪文を唱え始めた。

「これはダメだね」

 ラムルダの様子にカリナは肩をすくめ、ロランツたちを振り返った。

「さて、こうなるとラムルダに何を聞いても無駄だし、とりあえず自己紹介から始めますか?」