窓のない薄暗い部屋。壁の一面にしつらえられた棚にはぎっしりと本が詰め込まれている。やはり本やら書類やらが積み重なった大きな机の上から、ラムルダは通信用に使う魔道水晶を掘り出した。

 ひずみなく完全な球形に磨き抜かれた水晶は、魔力を吸収し封じこむ。吸収された力は、遠く離れた別の水晶を共振させ、ため込まれた力を放出させる。その特性を利用して、通信用に使われていた。

 ただし、この魔道水晶は『黒魔法の世』に作られた遺物で、今では作り出すことはできないし、また、これが使いこなせるほどの魔法使いもそう多くはいない。

 ラムルダは手の中の水晶球に力を送り込んだ。送り込む力の波動を調整すれば、目的の水晶を共振させることができる。

「カリナ、カリナ」

 呼びかけに答えるように、水晶球から薄青い光が放たれ始める。
 無色透明なはずの水晶球の中に、ぼんやりとした影が姿を現した。それはしばらくすると女性の顔らしき輪郭を形作るが、それ以上はっきりとした映像にはならない。

(「ああ、なに? こんな早い時間から」)

 どう聞いても寝起きとしれる、ぼやけた声が返る。

「早くからすまない。彼はどうしている」

 挨拶もそこそこにラムルダは問いかける。どうしても確認しておかなければならないことがあった。

(「まだ宿屋で寝てるんじゃない。昨日は遅くまで飲んでたし」)

「様子に異常はなかったな」

(「別にないよ。あったら、報告してる」)

「そうか」

 少し安堵する。いや、異常がないことの方が異常なのかもしれなかった。

「だったら、すぐにたたき起こして……、いや、起こさない方がいいか。とにかく連れてくるんだ」

(「連れてくるって、魔法院に?」)

 一気に目が覚めたという感じで、相手の女魔法使いが問い返してきた。
 少し考えて、ラムルダは返事をする。あっちで合流した方がはやいだろう。

「いや、『果ての森』だ」

(「って、……、非常事態なのか?」)

 ありがたいことに、カリナは明晰な頭脳の持ち主だった。多くを語らずとも事態を察して、余計なことを聞かないでくれる。

「城塞跡で合流する。急いでくれ、頼む」