「なるだけ手を触れずに、そのままにしてあります」

 相変わらず、感情のこもらない声で、ロランツ王子が説明する。
 もともと、それほど感情をあらわにすることの少ない人だと知っているラムルダにしても、痛々しく見えるほどだ。

 妹のシャリア姫も兄を心配げに見ているのに、ラムルダは気づいた。

(まったく、彼をこんなに心配させて、どこにいるんだ、メディア)

 メディアの力は強い。
 どんな魔法使いでも、闇夜にひときわ輝く星のようにその存在を感じ取れるほどに。

 けれど、夜明けまもないうちに、王子からの使いによってたたき起こされ、メディアの居場所を探ってみたのに、彼女の存在を感じることが出来なかった。

 ラムルダの感じられぬほど、遠くに行ったのか、それとも力を封じられたのか、あるいは……。

 ぎりっと唇をかむと、ラムルダは赤い髪の前にひざまずいた。
 朝日が髪を照らし出す。

 赤い髪、燃えるような。
 いや紅い髪。
 ローデアさん?
 が、確信はない。

 そっと、髪に触れ、目を瞑る。
 再現の呪文をかける。
 はたして、ラムルダの脳裏に浮かんだのは、一人の妖艶な美女。
 驚いたような、傷ついたような瞳をしていて。

 そして、映像はふつりと途絶える。

 持ち主から切り離されてから、時間がかなりたってしまっていたのだろう。ラムルダにはそれだけしか知ることが出来ない。けれど、それで充分と言えば、充分だった。
「メディアのものではありません」

 ラムルダの背後で様子を眺めていたロランツがうなずく。

「僕もそう思う。微妙だが髪質も色も違う。誰のものかわかりますか」

 よくもまあ、そこまで判別がつくものだと、ラムルダは思わず感心した。
 自分には魔法を使うまで、確信はなかったというのに。
 彼は、ほんとうによくメディアを観ていたのだろう。

「これは、ローデア、メディアの母親のものです」

「メディアの? けれど、彼女は行方不明だと聞いていましたが」

「彼女は気ままな人ですから」

 そう答えながら、ふと紅い髪の流れのなかに、黒いものを見出す。
 そっと髪をかきわけて取り出すと、それはつややかに黒光りする大きな羽根だった。

「鳥の羽根? でも、ずいぶん大きい」

 見とがめたシャリアがそういうように、その羽根は通常の鳥のものにしても大きかった。
 そして、それが常ならぬものではあることは、すぐに露見する。

 朝のまばゆい光のなか、一枚の黒い羽根は色と形を変えた。あまたの純白の羽毛に。