深い森のなか、ヴィゼは一人で奮戦していた。
 魔界を封じる『果ての森』。
 その一角に異変が起ころうとしていた。

 風にかき乱された水面。それが、垂直に立てられたかのように見える。
 あたりの風景も、ぼやけながらも映っていた

 しかし、それは結界のほころび目。
 刻一刻と形を変え、うごめく。
 決して、水たまりなどではない。

 向こう側から、何かが、無理やりこちら側に出てこようとでもしているかのようだった。

 小さな雷のような金の火花が散る。
 風が吹き荒れる。
 森の木が枝を揺らし、緑の葉がまき散らされる。

 ヴィゼの黒いローブの裾が巻き上がる。
 栗色の短い髪が、吹き乱される。
 かまわず、彼は杖を水平に構えたまま、呪文を詠唱し続ける。

 封の呪文を。

 いつもなら、これで簡単に結界のほころび目は修復できる。
 だが、今回は向こう側から働く力が邪魔していた。このままでは結界が破られてしまう。

 ほころび目は、大きくなるばかりだった。
 それはこの『果ての森』のもともと不安定な空間に、歪みを生む。

 空間の歪みは、莫大な力を生む。
 臨界に達した力は、まばゆい光と熱の波となって、ヴィゼに襲いかかった。

(防ぎきれないっ!)

 そう覚悟して目をつぶった。