絆がナイフの柄を強く握り、力を入れた瞬間……絆の手首から赤い血が吹き出し、絆はそのまま倒れ込んだ。
不思議と痛みは感じない。今まで感じてきた心の痛みに、麻痺してしまったせいだろうか。
遠くなる意識の中……なぜか絆の頭に、あの桜の木の下で絆を待つ紘乃の姿が浮かんだ。おそらく、これが走馬灯というものだろう。
今まで何度も見た光景……
紘乃がこちらを見ている。いつものように、少し怒り気味の顔で。
『早く!遅刻しちゃうよ!!』
紘乃のその声が聞こえた瞬間、絆の意識は完全に途切れた。
室内にいた唯一の人間が魂の抜け殻となり、静かになったこのプールに、携帯のバイブの音だけがいつまでも鳴り響いていた。……4つの文字だけを光らせて。
『着信:紘乃』
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「やっと見つけたー!!」
ツキが甲高い声を発しながら、ビルの上からキズナ目掛けて舞い降りてきた。
「もー、さっきの所にいないから、びっくりしたよー。優雅はちゃんと送り届けてきた!……キズナ?」
ツキは、無反応でうつむいているキズナの顔を不思議そうに覗き込んだ。
キズナは涙を流し、左手首を押さえながら呆然としている。
しばらくの沈黙。
そして……
「ようやく全てを思い出したか。死神」
聞き慣れない声がしてキズナは顔を上げた。しかし、そこにはツキしか見当たらない。
「……ツキ?」
キズナは、ゆっくり立ち上がりながらツキに問いかけた。
声は確かにツキから聞こえた。しかし、いつもの甲高い声ではない。低く、落ち着いた声だった。
様子もいつものツキとは違い、虚ろな目をしてキズナの前を飛んでいた。
普段は様々な方向に振り回している3つの尻尾も、今はだらんと垂れ下がっている。
驚き、目を見張るキズナに向かってツキが口を開くと、先ほどの低い、ゆったりとした声を発した。