本校舎から渡り廊下を渡った先に、屋内プールへの黒く大きい扉がある。
その扉を押し開けて中に入り、更衣室を抜けると、25mのプールが目に入った。
屋内プールは冬でも利用されるため、水が満タンに溜められており、窓から入る光を反射させていた。
絆は紘乃の姿を求めて辺りを見渡したが、どこにも見あたらない。
――まだ来ていないのかな。
そう思い、鞄をプールサイドに下ろして何気なくプールに近づいた。その瞬間……
ドンッ!!
後ろから背中を押され、絆は正面からプールの中へ突っ込んだ。激しい水しぶきの音と共に、意地悪い笑い声が響く。
嫌な予感がして、水から顔を突き出すと……思った通り、そこには香奈と仲間達が立っていた。
「何すんのよ!」
絆が、嫌と言うほど飲み込んだ水にむせながら香奈を睨んだ。香奈は絆を見下し、何かを企むようにニヤニヤ笑っている。
そんな香奈の後ろにいる人物を見た瞬間、絆は思わず目を見開いた。
「……紘乃?」
「そ。B組の紘乃ちゃんが大親友のあんたにお話があるんだってぇ!」
俯いたまま黙り込んでいる紘乃の代わりに、香奈が声を張り上げた。
「ほら、早く言えよ」と言いながら、香奈が紘乃を押し出して絆の前に立たせる。
紘乃はためらうように息を詰まらせていたが、やがて震える声で絆に言い放った。
「もう、私に近寄らないで。絆のそばにいると……私までいじめられる」
紘乃はそれだけ言うと、絆の顔も見ずに走り去ってしまった。
紘乃の言葉は、絆の心を砕くには充分すぎた。
香奈は満足そうに笑いながらしゃがみ込み、呆然とする絆の肩を叩いて、わざと悲しそうな声を出した。
「親友にも見捨てられちゃったねぇ。かわいそ!」
香奈は大笑いしながら、仲間を引き連れてプールから出て行った。
何が起きたんだろう。絆には、紘乃の言葉が未だに理解できなかった。
生気のない目でプールから這い上がり、プールサイドに座り込んだ時、ようやく絆の頭が正常に機能し始めた。
動き出した脳内に、一つの事実だけが虚しく浮かぶ。
『私は紘乃を失った』