「……それ、返しなよ」
香奈が絆を睨みながら、ナイフを指差して言った。
「これは私が預かっとく。あんたに返したら、また同じことするでしょ」
絆はそう言い放つと、踵を返して教室を出ていった。……憎しみの目を向け、拳を握りしめている香奈には目もくれずに。
次の日から、クラスでの絆の生活は一変した。
教科書が次々と無くなり、下駄箱には山のようなゴミが毎日のように入っていた。
そして、誰一人として絆に話しかける者はいない。香奈がクラス全員に無視命令を発したのだ。
クラスの人間は香奈に刃向かうのを恐れ、おとなしく従っていた。今まで仲良くしていた友人達までもが、目すら合わせてくれない。
しかし、絆は落ち着いていた。香奈のやりそうなことだ。
それにいじめには慣れていた。気の弱い紘乃が昔からよくいじめられ、それを庇っていたからだ。気の強い、負けず嫌いな性格に成長できたのも、そのおかげだろう。
それに、いじめが始まってからも、紘乃はいつも通りに接してくれる。
学校の帰りや昼休みには、香奈に対する愚痴を嫌な顔一つせずに優しく聞いてくれた。それが絆に勇気を与え、いじめと闘ってこれたのだ。
紘乃は……絆の唯一の支えだった。
いじめが始まってから、2ヶ月が過ぎようとしていた頃……さすがの絆も、毎日続く仕打ちに滅入ってきていた。
でも、あと少しで3年生になる。学年が変わり、クラス分けが行われれば、少しはマシな学校生活になるだろう。
そう思っていた矢先、最悪の事件が起きた。
授業が終わり、紘乃を迎えに行こうとコートを羽織りながら廊下に出たとき、絆の鞄の中で携帯が震えた。
『メール受信:紘乃』
「紘乃……?」
一緒に帰れなくなったのかな?……そう考えながらメールを開く。すると、目に入ってきたのは絵文字もない二行だけの文だった。
『話があるの。屋内プールで待ってるから来て』
――プール? なんで、わざわざそんな所で?
絆は全く意味がわからなかった。しかし、ここにいても埒があかない。そう結論を出した絆は、とりあえずプールに向かうことにした。