秋の日の光が降り注ぐ中、キズナは細い小道をひたすら走っていた。自分の名を呼んだあの人物から、少しでも離れたかったからだ。


『……絆<キズナ>……?』


あの人物の声が、頭の中で繰り返し聞こえてくる。




賑わう街に辿り着き、人混みに紛れた。そこで、ようやく安心できた気がした。


あの声の主は綺麗な女性だった。それも、生きている人間。恐らく十九歳程度だろう。


彼女の茶色に染めた短い髪に、なぜか違和感を感じた。『彼女の髪は黒かったはず』……そんな意味のわからない考えがよぎったのだ。


「なんで……? 私は、あんな女の人なんて知らない」


キズナはそう呟き、立ち並ぶビルの間の狭く暗い路地に駆け込んだ。そこで、腰が抜けたかのようにぺたんと座り込む。


「私は……知らない。あんな人……知らない」


キズナは膝を抱えてうずくまり、呪文のようにぶつぶつ呟き続けている。


――だけど、彼女は確かに私の名を呼んだ。理由は一つしか考えられない。きっと、生前の私に関わっていた人物なんだ。


それに、彼女は私を視ていた。彼女には霊感があるんだ。


あんなに欲しくて仕方なかった生前の記憶。しかし、今は……その記憶が怖くて、恐ろしくて……震えが止まらない。


その時、キズナは突然激しい頭痛にみまわれた。


キズナの頭の中の"記憶を封じていた袋"が少しずつ膨れあがってゆく。中の記憶達が外に出ようと暴れ出したかのように。


『きずな』『キズナ』『絆』……自分の名を呼ぶ声が次々と聞こえてくる。途切れ途切れに浮かぶ様々な光景が、目まぐるしく頭の中を駆け巡った。


――やめてよ。私の名前を呼ばないで。


何も見たくない、聞きたくない、感じたくない。傷つくのは、もう嫌なの。


お願いだから……誰も私の中に入ろうとしないで!



その瞬間、記憶の封印が完全に破れ、生前の記憶が一気に溢れだした。まるで穴の開いた砂袋から、中の砂が飛び出るように勢いよく。


記憶の砂はキズナの脳内を埋め尽くし、意識は完全に砂の中に沈んでいった。


頭の中に、映画のフィルムの如く次々と映像が流れ込んでくる。昨日の出来事のように、鮮明に。