綾華に近づくと、ベッド脇の小棚の上に剥きかけのリンゴを見つけた。今にも訪れるであろう弘樹に、好物を出して喜ばせようとしていたに違いない。
しかし、そのリンゴは既に変色し、無惨にも茶色い塊になっていた。
「綾華、ごめん。ごめんな……」
そう呟く弘樹の頬に一筋の涙が流れた。
数十分後、病室から出てきた弘樹の目に入ったのは先程出会った死神の姿。どうやら、病室の外で待機していたらしい。
「満足した?」
キズナが静かに問いかけた。が、弘樹は目を逸らし、無言のままキズナの横を通り過ぎていった。
……一人になりたかった。綾華を苦しめている自分を心ゆくまで責めたかった。
しかし、そんな弘樹の気持ちも知らずに、キズナは後ろからのこのこと付いてくる。
「……なぁ、一人にしてくれないか?」
病院の中庭の入り口にさしかかった時、ついに弘樹が言葉を発した。
その言葉に、後ろを歩いていたキズナが足を止め、何かを言おうと口を開きかける。が……
「無理だよ! 留まる魂を天に送り届けるのが死神の役目なんだもん。離れちゃダメー」
キズナの代わりに、その肩に乗っていた黒猫が甲高い声で答えた。その姿を、弘樹が驚いた顔で見つめている。
「その猫、しゃべるのか?」
「猫じゃないよ! ツキは死神の使いだもん!」
ツキが吠えるが、キズナは何事もなかったように話し出した。
「ツキの言う通り。私はあなたの魂を見張る必要がある。……悪霊にならないようにね」
「悪霊?」
「そう。この世に留まる霊が生きている人間を殺したら、その時点で悪霊になる。悪霊になれば、死神の鎌によって消滅させられるわ」
「俺は誰も殺したりしない!!」
弘樹は憤慨して叫んだが、キズナは疑り深い目で弘樹を見つめ、再び口を開いた。
「今はね。でも時が経つにつれ、この世の陰の気が霊を飲み込む。生きている人間は肉体に守られているから感じないけど、霊には肉体がない……むき出しの状態なの。陰の気に負けて人を殺した霊を、私は何人も斬ってきた」
キズナがそう言った直後、右手に握られている大鎌が不気味に光った。