天井はガラス張りで、室内に差し込む夕日の光がプールの水を赤く染めている。そんな中、講義を終えた部員達が既に練習を始めていた。
亜耶は、その見慣れた風景を呆然と見つめていた。その傍らで、はしゃぎながらプールに飛び込むツキの姿をキズナが横目で見ている。
亜耶はゆっくりプールに近づき、水に触れた。しかし、心地よい冷たさも滑らかな水の動きも……もう感じることが出来なかった。
"私は、もう泳げない"
はっきりとそう感じた時、再び亜耶の目に涙がこぼれた。
――私、今まで何してたんだろう。遊びたいのも我慢して、水泳の事だけを考えて。
こんなところで夢を諦めるために、私は生まれてきたのだろうか?
やりきれない思いだった。"悔しい"……この言葉しか、頭に浮かんでこない。
亜耶がシャワールームへ移動したとき、再び聞き慣れた声が話しかけてきた。
「あら、亜耶」
……真奈だ。亜耶は生気のない目で真奈を見たが、すぐに逸らした。
真奈は、亜耶の表情に一瞬驚いたように眉をひそめたが、すぐにいつもの憎まれ口をたたいてきた。
「水着を持ってきてないと思ったら、その格好で練習する気だったの?」
真奈が意地悪く笑いながら言った。いつもなら黙っていないが、今の亜耶には言い返す気力などない。
真奈は一向に言い返してこない亜耶に怪訝な顔を向けていたが、やがて目を逸らしてシャワーを浴び、さっさとプールへ行ってしまった。
亜耶が再びプールサイドに戻ると、ツキは相変わらずプールではしゃいでいたし、キズナはそれを座って見ていた。
しかし、キズナは柱の陰に身を潜め、部員達から見えない位置にいる。まるで誰かに見られるのを警戒しているように。
真奈は……もうプールに入り、練習を始めていた。
真奈が羨ましかった。真奈は生きてる。
柔らかい水の流れも、水を蹴るあの感触も、ゴールにたどり着いた時に浴びるあの歓声も……
亜耶がもう二度と感じることが出来ないものを、真奈は感じる事が出来る。
「……生きたい……」
そう強く思う亜耶の頬に、一筋の涙が流れた。