「う……そだ。私が……死んだ……?」


亜耶はその場に膝をつき、キズナにすがりついた。


「冗談じゃないわ! ねぇ、元に戻して! もうすぐ大事な試合があるの! 今回はいつもと違う……私の夢がかかってるのよ!!」


「無理よ。死者はよみがえらない」


すがりつく亜耶の手をゆっくり離しながら、キズナが静かに言った。


「全て忘れて天へ逝きましょう。そうすれば、また新しい人生をやり直せる」


「新しい人生なんていらない! "中島亜耶"じゃなきゃ意味ないの!!」


亜耶は声の限り叫びながら、キズナを睨み付けた。しかし、キズナは顔色一つ変える事なく亜耶を見つめ返している。


亜耶は、そんなキズナの視線から逃げるように目を背け、小さな声で話を続けた。


「私は、小さい頃からずっと水泳だけをして生きてきた。どんなに辛い練習だって耐えてきたの。……全部、夢のため。今回の試合で、やっとその夢に近づけるはずだったのよ!!」


亜耶の目から落ちる大粒の涙が、講義室の床を塗らした。


「諦められるわけない……。天になんて……逝けない」


キズナはその場に屈み、亜耶と視線を合わせながら言った。


「あなたがここに留まっても、もう泳ぐことは出来ない。生きている人間に囲まれて、嫉妬の念が募るだけ。そんなの、苦しいでしょう……?」


首を横に振りながら泣きじゃくる亜耶の肩に手を置き、キズナはただ黙って亜耶が落ち着くのを待っていた。


しばらくして、亜耶は泣き腫らした目で床を見つめながら、ゆっくり立ち上がった。


「……どうしても行きたいところがあるの。少しだけ、いい……?」


キズナは立ち上がりながら優しく頷き、二人は講義室を後にした。




大学の裏門を出て、少し歩いたところに大きな建物が見えた。外見からすると、体育館のようだ。


まだ出来て間もないのか、目が眩むような白い壁が、他の景色を圧倒している。


亜耶とキズナは、ゆっくりと入り口の扉を通り抜け、その建物に入っていった。


中はとても広かった。その広い部屋の中央に……大きなプールがある。ここは、亜耶の大学の競泳練習場だ。