記憶の中のキズナは、この坂を走っていた。ということは、生前のキズナはこの近くで暮らしていたのだろうか?
そんな考えを巡らしていると、後ろから陽気な声が聞こえた。
「あ、キズナじゃん! 久しぶり!」
振り向くと、一人の男がにこやかに手を振りながら立っている。
「ソウマ」
キズナが顔をしかめながら呟いた。どうやら彼のことが苦手らしい。
ソウマと呼ばれた男は二十代半ば程で、薄茶色の目を持ち、少し長い黒髪を後ろで束ねていた。キズナと同じく黒いローブを纏い、大鎌を持っている。
「こんなところで何してるの?」
キズナが尋ねると、ソウマは意気揚々と答えた。
「仕事だよ。 今面倒見てるばぁちゃんの霊が、じぃちゃんの霊を連れてきてほしいらしくてさ。あの墓地に用があんだよ」
ソウマが、小道の先にある墓地を指差して言った。
「ソウマ、一人? ソラは?」
ツキがソウマの肩にとまりながら、嬉しそうに問い掛けた。
「ソラは、ばぁちゃんのお守り。ばぁちゃん、意地張って『自分からは会いに行かない』って言うもんだから」
ソウマはため息混じりに話を続ける。
「あの二人、夫婦喧嘩の最中に事故死したらしくてさ。じぃちゃんはさっさと墓行っちゃうし、ばぁちゃんは事故現場から動かないし」
ソウマは面倒臭そうに頭をかいた後、肩に乗るツキをまじまじと見つめた。
「しっかし、ツキとソラはいつ見てもそっくりだな。死神の使いって、みんなこんなんなのか?」
「ツキが知ってる使いはソラだけ! 他の使いは知らない!」
ツキが尻尾を振りながら、能天気な声で答える。ソウマは「ふぅん」と頷いた後、はたと閃いたように目を輝かせた。
「そうだ! お前らも、一緒にじぃちゃん説得してくれよ。頑固だから全然言うこと聞かないんだ。俺、何回あの二人の間を往復したか」
「私だって、仕事の途中……」
「いいじゃん、ちょっとだけ!お願い!」
ソウマがキズナの言葉を遮り、顔の前に両手を合わせて頼んだ。
キズナは、あからさまに嫌な顔をしたが、小さくため息をついて承諾した。ほんの少しの間だけ、という条件で。