「でも、もうあなたは死んでる。ここにいても何も変わらない……悲しいだけ。天に還れば、また新しく生き直せるわ」


「新しく、か」


男は嘲るようにふっと笑い、呟いた。そんな男に、キズナはゆっくりと尋ねる。


「稲葉健さん、あなたがここに留まる理由は一体なに?」


健は俯き、焼けこげた床を見つめていた。が、やがて静かに話し出す。


「私はこの近くの駐在所に勤務する警察官だった。いつもこの辺りを巡回していたよ。あの日も……」


健はそこで一度言葉を切り、焼け落ちた室内の奥へ入っていった。その後ろ姿を追いかけて、キズナも部屋の中へ入っていく。


居間らしき部屋にたどり着くと、健はゆっくり腰を下ろし、再び話し始めた


「あの日……巡回中に、黒い煙が上がっているこの部屋を見つけた。近所の人間はすでに避難し、消防車の到着を待っていた」


健は虚ろな目で一点を見つめながら話を続ける。


「私はその中で、ある女性が喚いてるのを見た。彼女はその部屋の住人で、彼女の子供が取り残されているらしい。私は頭から水をかぶり、急いで中に入った。事態は一刻を争うと判断したんだ」


健の声が少しずつ震えて来た。忌まわしい記憶に怯えているように。


「室内には煙が充満していた。私は、迫り来る炎から身を守りながら子供を捜し続けた。そして、一番奥の部屋で泣いている男の子を見つけたんだ」


健は一番奥の部屋だったであろう場所を指差した。しかし、そこは既に焼け落ち、部屋の面影はない。


「私がその子を抱きかかえて外に出ようとした瞬間、炎に包まれた箪笥が私の足に倒れてきた。私は完全に足を挟まれ、動けなくなった」


健は、自分の右足を悲しそうに見つめている。


「私は少年を立たせ、先に逃げるように促した。少年は戸惑っていたが、私が怒鳴ると泣きながら出口へ向かっていったよ。そして、私は……焼け死んだ」


そこまで話すと、健は口を閉じた。


「そう。あなたがここに留まるのは、死の原因を作った少年が許せないから?」


キズナの問いに、健は首を横に振った。


「私は、ただ少年の安否を確かめたかった。少年の元気な姿が見れたら、私は天に還るつもりだった」