「今回はどんな霊?」
空を飛んでゆくコウモリの群れを見上げながら、キズナがツキに尋ねた。
「稲葉健<イナバ ケン>。四十六歳。三ヶ月前に火事で死んだみたい。その現場から離れずに今も留まってる」
「火事、か」
キズナは考え深げに呟く中、ある一角に差し掛かったところで、ふとツキが止まった。
その時にはすっかり日が落ち、等間隔に並べられた外灯だけが不気味に小道を照らしている。
「あそこ」
ツキの指す先には、古いアパートが建っていた。大きいとは言えないが、八世帯ぐらいは住めるだろう。どこにでもある木造アパートだ。……ある一室を除けば。
そのアパートの二階の一室。
今にも煙が上がりそうなほど、生々しい焼け跡が残っている。かつてそこに人が住んでいた面影もなく、ただの黒い空間と化していた。
「三ヶ月も前の火事でしょ? まだ片付けられていないの?」
キズナが部屋を見上げながら、不思議そうに尋ねた。その問いに、ツキが顔をしかめて答える。
「霊が邪魔してる。片付けようとすると必ず事故が起きるの。それで、ここはこのまま放置、他の住人も怖がって逃げてっちゃったみたい」
「ふぅん。それで人気がないんだ」
そう呟いた直後、キズナは急に探るように目を細めた。焼け落ちた部屋から、凍るような冷たい視線を感じたのだ。
……やっぱり。以前は窓だったであろう穴から、男が顔を半分覗かせていた。
「……来るな……」
男は生気のない目でキズナを睨み付けながら、嗄れ声を出した。
「彼ね」
キズナは呟きながら、ふわりと飛び上がり、部屋の入り口に着地した。
「私はあなたを迎えに来たの。天へ還りましょう」
男は顔を半分壁に隠したまま、キズナの姿を上から下まで怪訝な目で観察していた。が、キズナの持つ大鎌を見つけると静かに呟く。
「死神?」
キズナが頷くと、男は壁に隠れていたもう半分の体を出し、姿を現した。
男は白髪交じりの短髪で、四十六歳とは思えないほどがっちりした体格をしている。そして、警察服を身に纏っていた。
「君と一緒には行けない。私は、ここを離れない」