「ママ!」


癒芽が和室に飛び込んだ時、母親は未だに手を合わせていた。やはり二階の状況に気付いていない。


「ママ、助けて! 悠斗が……」


しかし、母親は全く顔色を変えずに、ただ仏壇の中の癒芽の遺影を見つめている。


その姿を見た癒芽が、我慢しきれずに大声をあげた。


「ママ! 癒芽がいるのは写真の中じゃない! ここにいるの! 気付いてよ!!」


癒芽の頬に大粒の涙が流れ落ちた。


「お願い……悠斗が死んじゃうよーッ!」


癒芽の叫びと同時に、階段の方で大きな物音がした。何かが割れる音だ。


母親がその音にようやく我に返り、音の原因を調べるために和室を出ていった。


階段に着くと、階段のすぐ下にある小棚に飾ってあった花瓶が砕けていることに気付いた。


「なんで花瓶が……?」


そう呟きながら母親が花瓶のかけらを拾おうとかがんだ時、ふと二階から泣き声が聞こえた。


「悠斗……?」


母親は階段を半分ほど登ったところで悲鳴を上げた。癒芽の部屋から黒い煙がもれていたのだ。


そして、明らかにその部屋から聞こえる悠斗の泣き声。


「悠斗!!」


母親が血相を変えて部屋に飛び込み、炎の近くで泣いている悠斗を見つけた。


炎はすでにカーテンの半分を燃やし、どんどん勢力をあげている。


母親は無我夢中で悠斗を抱きかかえて部屋から飛び出した後、洗面所でバケツに水を溜めて消火活動に徹した。


幸い早期発見できたため、火はおとなしく消し止められた。……悠斗も無傷。


「悠斗……よかった……」


母親は震える声でそう呟くと、完全に消火した安堵感から座り込み、大泣きしている悠斗を抱きしめた。


その時、廊下で座り込む二人の前に、突然紫色の花束が落ちてきた。


「花? どこから……?」


母親は、悠斗を抱きながら不思議そうに上を見上げた。しかし、そこにはただ天井が広がっているだけだった。