癒芽は、しばらく涙を流す母を見つめていた。が、やりきれない気持ちを抑えて無理矢理目を離した。
癒芽の死は変えることの出来ない事実。何をしても母を元気づけることなど不可能だ。
だったら、今は自分が出来ることをやるしかない。悠斗を探すことが……何より優先。癒芽は前を見て再び歩きだす。
二階のある部屋の中で悠斗を見つけた。癒芽の部屋だ。その部屋はあまり使われていた形跡がなく、不自然なほどに綺麗だった。
癒芽があまり家に帰ってこられなかったというのも理由の一つだろうが、家族が癒芽の部屋をこのまま残しておきたかったのだろう。癒芽が最後に部屋を出たときの状態のままで。
掃除はしてあるようだが、ベッド・机などの家具や、小物の位置までもあの日から寸分変わらない。
癒芽の心に懐かしさが溢れた。まるで退院して我が家に戻ったみたいだ。もちろん、元気に動いている心臓と共に。
悠斗は、その部屋で一人で遊んでいた。どうやら、いつも閉じこめられている寝室の子供用の柵を越えて逃亡してきたらしい。
まだ歩くことは出来ないが、自由に這い回れる喜びを感じながら、楽しそうにそこら中のものを触っていた。
「癒芽! やばい!」
ツキの動揺した声に、癒芽が驚いて振り返った。
なんと、ツキが指すその先には悠斗の目の前で燃え上がる炎があった。
悠斗の手には、電気スタンドのコードが握られている。
コンセントにささったプラグのコードを引っ張り抜いたため漏電し、上がった火花が隣に積んであった絵本に燃え移ったらしい。
呆然としている悠斗の前で、炎はどんどん勢いを増していく。
「悠斗!」
癒芽が急いで悠斗を炎から引き離そうと呼びかけたが、悠斗は全く反応しない。恐らく炎が恐ろしいものだと認識できないのだ。
「ツキ、キズナを呼んでくる!」
ツキはそう言うと、花を抱えたまま大急ぎで窓から飛び去っていった。
「どうしよう……悠斗が燃えちゃう」
炎はすでに絵本を焼き尽くし、カーテンにまで魔の手を伸ばそうとしている。
「ママ……ママに知らせないと……」
癒芽はそう呟くと、矢のように部屋をかけだした。