癒芽の家に向かう途中、花束を持ちながらパタパタ飛んでいるツキを見て、癒芽がふと気付いた。
「あれ? ツキちゃん、お花触れるの?」
癒芽のその問いに、キズナが思い出したように答えた。
「あぁ……ツキは霊体に触れるけど、ツキ自身は霊体じゃないの。ちゃんと生きてるのよ。姿を隠せるから、人間には見えないけどね」
「そうなんだ! ツキちゃん、すごいね!」
ツキは聞こえないふりをして、平然と前を飛んでいた。が、尻尾だけは嬉しそうに揺れている。褒められたことに喜んでいるらしい。
住宅街に入ると、あの桜が見えてきた。キズナは、再び何とも言えない懐かしさを感じた。その気持ちは、桜に近づくにつれて強まっていく。
そして、桜との距離があと数歩と近づいた瞬間……
再びあの影が現れた。相変わらず桜の下でじっと立っている。まるで誰かを待っているように。そして、その影はキズナが瞬きをした瞬間に姿を消したのだ。
「死神さん? どうしたの?」
桜の前で突然立ち止まったキズナを見て、癒芽が不思議そうに尋ねた。
「今、この木の下に何か見なかった?」
キズナの問いにツキと癒芽は顔を見合わせ、二人揃って訝しげな顔をした。
「何も見てないけど……?」
ツキのその答えに、キズナはしばらく固い表情で黙っていたが、やがてゆっくり口を開く。
「二人で先に戻ってくれる? 後から追いかけるから」
ツキと癒芽は眉を寄せたが、特に反対する理由もないため、キズナに言われるままに歩き出す。
それから二十分も経たないうちに、ツキと癒芽は家の前に戻ってきていた。
「ツキちゃん、悠斗が見つかるまでは、お花しっかり隠しといてね。お花が一人でふよふよ浮いてたら、みんなびっくりしちゃう」
二人は最後の打ち合わせを終えると、門を越えて中に入っていった。
悠斗を探しながら家の廊下を歩く中、一階の奥の和室で、仏壇に手を合わせる癒芽の母が見えた。
泣いているようだ。仏壇の前には、癒芽の遺影が立てられている。
癒芽が命を落として、まだ日は浅い。未だ傷が癒えず、こうして毎日心静かに癒芽の冥福を祈っているのだろう。