綾華は大量の汗を流し、苦しそうに呻いていた。その綾華の横で、一人の看護士が励ましている。


しかし……


「なかなか赤ん坊が出てこない。このままだと、母親の体力がもたないかもしれないわね……」


女医の囁き声が弘樹の耳に入った。


「……弘樹……怖い……助けて……」


綾華が弱々しく呟き、天井に向かって手を伸ばした。弘樹は、急いでその手を握ろうとした。……が、通り抜けてしまった。


弘樹は悔しそうに自分の手を見つめた。


「な……んで……。俺は……手を握ってやることさえもできないのか……?」


歯を食いしばり、そう呟く弘樹の目には大量の涙が溜まっていた。



……その時、



「弘樹……?」


綾華が今にも消えそうな声で問いかけた。


綾華の顔は相変わらず天井を向いている。しかし、目だけは確かに何かを探していた。


「弘樹……いるの……?」


小さな声で問いかける綾華の目に涙が溢れた。


「綾華!」


綾華の目は弘樹を見ていない。だが、確かに弘樹の声に反応している。



――今なら届く!! ……そう感じた。



「綾華、がんばれ! 俺、そばにいるから……ずっとここにいるから!!」


綾華は痛みに耐えながらも、しっかりと頷いた。もう二度と触れることの出来ない愛する人を、心で感じながら。





数時間後、朝日とともに赤ん坊の泣き声が室内に響き渡った。新しい命が誕生したのだ。


生まれたての赤ん坊は、看護士の手によってすぐに運び出されていき、大役を果たした綾華は疲れきった顔で微笑んでいた。


「松永さん、おめでとうございます。可愛いらしい男の子ですよ」


綾華を励まし続けていた看護士が、嬉しそうに綾華に声をかけた。


「聞こえた……」


「え?」


「弘樹の声……聞こえた。一緒にいてくれたの。……がんばれって……」


綾華がそう呟いた直後、極度の疲労と安堵感が綾華を眠りに落とした。


静かに……しかし、幸せそうに眠る綾華にそっと微笑みかけ、弘樹は部屋を出て行った。


「ありがとう」


そう言い残して。