「大地はさ、帰ることに疑問持ったことはない?」
蒼依が躊躇いがちに大地に問い掛けた。大地は、一瞬視線を落としたが……すぐに戻し、前を見据えながら口を開いた。
「あるよ。っていうか、もともと帰るつもりもなかったし」
「え……?」
「帰ったって何もない。大人は僕達を待ってないから。……今の蒼依もそんな風に思ってるんでしょ?」
大地の問いに、蒼依がバツの悪そうな顔で俯いた。そんな反応を見て、大地は優しげな笑みを広げる。
「そんな顔しなくていいよ。僕も一緒だったもん。だから帰る気はなかったし、帰りたいとも思わなかった。……幸弘と会うまではね」
「幸弘?」
「そう。蒼依は、もう幸弘の夢の話聞いた?」
「あ、うん。カメラマンになりたいって話だよね?」
蒼依が昼間の記憶を辿りながら言葉を紡いだ。その隣で、大地は少し切なげな表情を見せながら話し出す。
「幸弘、真っすぐでしょ? 羨ましいぐらい。そんな姿見てたら、逃げてる自分が恥ずかしくなっちゃった」
「逃げてる?」
きょとんとして尋ねる蒼依に、大地が小さくあぐらをかきながら話し始めた。
「僕ね、二歳年上の兄ちゃんがいたんだ。ちょうど蒼依と同い年。生きていたら、だけどね」
「それって……」
「死んだんだよ。僕がSeparate Worldに来る少し前に」
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僕のお母さんは僕が小さい頃に病気で死んだ。それで、ちょうど半年前にお父さんが再婚したんだ。その時、一人っ子だった僕に兄ちゃんが出来た。
兄ちゃんは新しいお母さんの連れ子だから、もちろん血は繋がってなかったけど……「念願の弟ができた」って、すごく可愛がってくれた。
新しいお母さんもとても優しかった。本当の子供みたいに、僕と兄ちゃんを分け隔てなく育ててくれた。だから、僕は幸せだった。
だけど、僕のお父さんが段々家に帰らなくなったんだ。
たまに帰れば、お母さんと怒鳴り合いが始まる。「他の女の香水の匂いがする」と狂ったように叫ぶお母さんの声を何度も聞いていた。
"その日"も、お父さんとお母さんの言い合いから始まったんだ。