宏海は髪を振り乱して遥香に駆け寄り、息も付かぬまま泣きそうな声で問い掛ける。
「恭を……恭を見てない!?」
「恭くん?」
遥香が恭に会ったのは三日前……蒼依が姿を消した直後だ。
しかし、遥香が言葉を発しないうちに宏海が涙ながらに訴えた。
「恭が帰ってこないの!……私のせいよ。あの時、私があの子の話をちゃんと聞かなかったから……」
半狂乱で息子の名前を呼び続ける宏海を、遥香が慌ててなだめた。
「落ち着いて!とにかく宏海の家に行こう?」
遥香はそう言うと、宏海の肩を支えて松下宅に向かって歩いていった。
宏海の家に着き、居間にあるソファーに腰を下ろしたところで、遥香が神妙な顔をして口を開いた。
「一体何があったの?」
「二日前、恭と言い合いになってしまったの。あの子、どうしても病院を継がないって言うし、勉強もしないでバスケばっかりしてるものだから」
宏海が肩を落とし、今にも消えそうな声で話を続ける。
「あの子がバスケに夢中なのは分かってた。だけど、いつまでも好きな事ばかりしていられるわけじゃないでしょ?あの子に後悔させたくなかった。後悔してからじゃ遅いもの」
宏海の声に妙に力が入る。遥香にはその理由がすぐにわかった。
宏海は昔から一つの事に夢中になると、周りが見えなくなる。そのせいで受験や就職に随分苦労していたのだ。
『あの時もっと将来を見越して活動すべきだった』というぼやきを何度も何度も聞いた覚えがある。
「私にはあの子の将来を守る義務がある。だからバスケを辞めさせようと思ったの。あの子は反抗するだろうけど、いつか分かってくれると信じて」
宏海の顔からは悩み抜いた"辛さ"が滲み出ていた。
どんな親だって、子供には好きなことをして生きてほしいと願うだろう。しかし、同時に『それだけじゃ生きていけない』という事を教えなければいけないのだ。心を鬼にして。