自宅を眺めながらそんな事を考えていた遥香の脳裏に、ふと昔の一場面が浮かんだ。懐かしく愛おしい情景が。
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遥香が台所で夕食の支度をする傍ら、蒼依はリビングでテレビを見ている。
『蒼依、塾の宿題ちゃんとやったの?』
『半分終わった。残りはご飯食べた後に終わらせるよ』
そんなやりとりをしていると、玄関の方で物音がした。直後、一人の男性がリビングに現れる。
『ただいま。今日はカレーかな?』
鼻をひくひくさせながら入ってくる男性を、遥香は笑顔で迎えた。
『おかえりなさい。蒼依、お父さん帰って来たからご飯にするよ』
『はーい』
お腹が空いていたのか、蒼依は遥香の言葉に直ぐさま反応し、テレビを消して台所に向かった。
『うわ、お母さん!カレーにグリンピース入れるのやめてって言ったよね!?』
皿の中のカレーを見るなり顔をしかめる蒼依に、父:雅則が柔らかく微笑んだ。
『蒼依は好き嫌いが多いなぁ。だから背が伸びないんだよ』
『グリンピースと背は関係ないもん』
蒼依が鋭い目で父を睨み、口を膨らませる。遥香はそんな二人の横を上機嫌で通り過ぎ、声を張り上げた。
『ほら、冷めちゃうから早く食べよ!』
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家族三人で囲む幸せな食卓、満ち足りた生活。こんな日がずっと続くと信じていた。
しかし突然に襲い掛かった悪夢。愛する人を交通事故で失ったあの日から、全てが変わってしまった。
自分一人に重くのしかかる"仕事"と"生活"。愛しい娘の存在さえも苦痛に感じてしまうほど、毎日が辛くて仕方なかった。
――どうして、こんなことになっちゃったの?
遥香が涙目になりながらそう思ったとき……
「遥香ちゃん!」
その声が、思い出の世界から遥香を引き戻した。
遥香が振り返ると、恭の母親の松下宏海[まつした ひろみ]が血相を変えてこちらに走ってくるのが見えた。
遥香と宏海は高校の同級生だ。結婚後も近所に住んでいたため、今でも交流は続いていた。蒼依と恭が幼なじみなのも、その繋がりが原因だ。