蒼依と恭が靴を履き替えていると、後ろから誰かに抱き着かれた｡
「蒼依、おはよーう！」
同じクラスの友人、鞠中美砂[まりなか みさ]だ。恭にも劣らぬ美砂のハイテンションは、朝が弱い蒼依にとって少々辛いものがある｡
「ねぇ、聞いた!? うちのクラスの桐生、ずっと学校来てなかったじゃん？ 四日前から行方不明らしいよ！」
入手したクラスメイトの情報を、美砂が興奮気味に話し出した｡
「桐生って、あの桐生隼人[きりゅう はやと]？」
恭が蒼依の後ろから美砂に問い掛けた。美砂は大興奮で何度も頷く｡
――桐生か。あんまり喋った事なかったなぁ。ヤバイ連中とつるんでるって噂だし｡
蒼依がそんな事を考えているうちに、恭と美砂は桐生隼人の話で盛り上がっていた｡
「恭ちゃんはどう思う!? 桐生の失踪！美砂、絶対"神隠し"だと思うんだよね！」
教室を目指して廊下を歩きながら、美砂が弾んだ声で尋ねた。それに対し、恭が唸りながら返答する。
「でもさ、桐生の場合は単なる家出の可能性高くない？ 親ともあんまり仲良くなかったらしいし」
「神隠しって……何？」
そんな蒼依の質問に、美砂はまるで後ろから頭を殴られたような顔をして叫んだ｡
「神隠しの噂知らないの!? 二ヶ月前から、急に子供が消えだしたってやつ。テレビでもやってるのに！」
「ただの家出じゃないの？」
蒼依が胡散臭そうな目を向けながら言ったが、もはや美砂の興奮は収まらない。
「だってもう十五人以上消えてるんだよ!? 絶対おかしいじゃん！」
美砂の甲高い大声が蒼依の耳を貫いた時、ようやく教室に着いた。教室に入った三人の視線は、自然と桐生隼人の席に移る｡
窓際の一番後ろの席。そこが桐生の席だった。しかし、その机はほとんど使われた形跡がない｡
「やっぱり桐生の事だから、単にどっかで遊んでるだけじゃねぇ？ 元々、学校なんてほとんど来てなかったじゃん」
そう言う恭の後に続けて、蒼依が口を開く｡
「そうそう、神隠しなんてあるわけないよ」
恭と蒼依は話をまとめると、腑に落ちない顔の美砂を残して、それぞれの席に着いた。
