隼人が蒼依の傍まで来た時……何故か蒼依の耳に聞き覚えのない声が響いた。まるで耳元で囁かれるような小さな声。
『俺があいつらの注意を逸らす。その隙に二人で川ん中に飛び込め』
その声に驚いた蒼依は、急いで後ろを振り返った。……が、誰もいない。ましてや、ここは橋の上。声など聞こえるはずもない。
困惑した蒼依は、助けを求めるように隼人の方へ目を向けた。どうやら、その声は隼人にも聞こえたらしい。声の正体を掴もうと目だけが神経質に周りを探っていた。
しかし、一方で恭達は何の反応も示していなかった。この声は、蒼依と隼人にしか聞こえていないようだ。
どうすべきかと考えを巡らせていると、再び声が響いた。
『考えんな!言う通りにせぇ!準備はええな!? いくで!』
その声が言い終えた次の瞬間……
「きゃあぁ!」
鋭い悲鳴が聞こえた。蒼依達を取り囲んでいた四人のうちの一人……最も年下であろう女の子の声だ。
その女の子はどこか遠方から狙撃され、肩を負傷したらしい。衝撃で数メートルほど飛ばされ、右肩を押さえながら地に横たわっていた。
恭達がその女の子に気を取られた一瞬の隙を見て、隼人が光璃の遺体を肩に担ぎ、蒼依の手を引いて橋の上から川に飛び込んだ。
「待て!」
気付いた恭が叫んだ時には、既に激しい水しぶきが上がっていた。
恭が急いで橋の上から川を見下ろしたが、二人の姿は水面下に沈んでおり、探し出すことは不可能だった。
恭の仲間達は蒼依達の他に敵がいることを疑い、退却を決めたようだ。負傷した女の子を抱きかかえ、怒り狂う恭を引っ張って足早に去っていった。
恭達の足音が遠ざかっていくのを確認し、蒼依と隼人は水面からゆっくりと顔を突き出した。深さはあるものの流れは緩やかなため、二人は難無く岸に上がることが出来た。
川から上がると、隼人は担いでいた光璃の遺体をゆっくりと地に降ろす。固く目を閉じる光璃の顔を見ただけで、蒼依は涙が込み上げてくるのを感じた。
「光璃ちゃん……」
頬に触れて呼び掛けるが、応答はない。青白い顔をして、ただ眠り続けていた。今はほんのりと残されている体温も、いずれ失われていくのだろう。