『ドサッ』という間抜けな音に気付いた隼人が不思議そうな顔で戻って来た。そして、俯せに倒れ込んでいる蒼依を見るなり、盛大なため息をつく。


「……お前は、一体どこまで鈍臭いんだ?」


隼人が蒼依の元に歩み寄り、しゃがみ込みながら呆れ顔を見せた。


「違うの! ここのタイル、一個だけ突き出てるんだよ! 恭もよく突っ掛かってたんだって!」


起き上がり、タイルを顎で指しながら必死に訴える蒼依の顔を見て、隼人が気付いたように声を漏らした。


「あ」


「え?」


「ここ、擦りむけてる」


隼人が蒼依の額を指差し、落ち着いた声で言った。その途端に蒼依の顔が強張る。


「嘘!?」


両手で額を触ると、確かに擦り切れているような鈍い痛みが走った。


「間抜け面。……ダサ」


隼人が蒼依の顔を覗き込みながら呟き、意地悪く笑った。


本来ならば腸が煮えぐり返るであろう隼人の言葉。しかし、そんな言葉に嫌気がささなかったのは……きっと、初めての笑顔を見てしまったから。


口を半開きにして呆然と隼人を見つめ続ける蒼依。それを見ていた隼人の顔から次第に笑みが消え、代わりに怪訝さが滲み出してきた。


「……何だよ?」


隼人が軽く首を傾げながら尋ねた。蒼依は慌てふためき、首をぶんぶんと振る。


「な、なんでもない!」


――びっくりしたぁ。桐生って笑えるんだ。


蒼依がやけに激しく鳴り響く胸の鼓動を押さえ込むように左胸に手をあてた。蒼依の異変に、隼人が探るような目を向けながら声を出した。


「なんか……お前、顔赤くねぇ?」


「へっ!? そ、そんな事ないよ! それより早く恭達のところに戻ろ!」


蒼依は勢いよく立ち上がり、早足に恭の家の門に向かって行った。


「変な奴……」


首を捻りながら蒼依の後ろ姿を見送っている隼人を残して。



顔が赤くなってしまったのは、額を擦りむいたから恥ずかしかっただけ。この高鳴る鼓動も、無愛想な奴が突然笑ったからびっくりしただけ。それ以外には何もない。


蒼依は自分に言い聞かせるように心の中で連唱し、恭達の待つ鉄橋へと足を進めた。