「行ってきまぁす」
蒼依はそう言いながら、全て詰め終えた鞄を持ち、玄関に向かった。
玄関で靴を履くと、靴入れの棚の上の小さな写真立てに目をやった。そこには笑顔の男性が写っている。
「お父さん、行ってきます」
蒼依は写真に笑いかけた後、朝日が差す道路へ出て学校へと歩き出した。
徳永蒼依[とくなが あおい]には父親がいない。一年前に事故で亡くなったのだ。それからは、母親の徳永遥香[とくなが はるか]と二人暮らしをしている。
学校へ続く道を歩きながら蒼依が大きな欠伸をした時、突然後ろから頭をはたかれた。
「蒼依、おはよ!眠そうな顔してんなぁ!!」
「恭、うるさい」
「テンション低っ!お前、ほんと朝に弱すぎ」
この嫌に明るい松下恭[まつした きょう]は、小さい頃からの友人……いわゆる幼なじみというものだ。家が近所で同い年、さらに母親同士も仲がよく、ずっと一緒に過ごしていた。
恭は寝癖のついた短い黒髪を撫でながら蒼依と並んで歩き始めた。
「にしても、蒼依は今日もちっさいな! 後ろ姿でも一発でわかった」
「私は普通だよ。恭が大きすぎるの」
確かにその通りだった。蒼依の背丈は一般の女子より少し低いが、それ以上に恭の背が高すぎるのだ。
「俺はちゃんと背を伸ばす努力してるもん。バスケするには背が命だからな」
「恭は本当にバスケ好きだよね。さすがバスケ部エース。そんなに毎日練習して飽きない?」
蒼依の問いに、恭は目をキラキラ輝かせながら答える。
「飽きられないって!そういえば、蒼依は部活入ってないよな。入ればいいのに」
「私は無理。塾もあるし」
蒼依が少し声のトーンを落とした。かなり不機嫌な様子だ。
「そっか。蒼依の母ちゃん、勉強に関しては昔から厳しかったもんな。なんでそこまで厳しくするんかな」
両手を頭の後ろで組み、青空を仰ぎながらそう言う恭に向かって、蒼依が皮肉っぽく言った。
「"将来苦労しないため"らしいよ。試験の度に口うるさいんだから」
そんな愚痴を零しているうちに、二人はいつの間にか学校の校門をくぐっていた。