「光璃ちゃんは強いね。帰ること、怖くはないの?」
蒼依が少し悲しげな目をしながら尋ねた。
蒼依の中の"帰りたい"という気持ちはもちろん強い。しかしその反面、"帰るのが怖い"という気持ちがあるのも確かだった。元の世界に帰ったとき、再び『いらない』と言われてしまいそうで……。
光璃はしばらく天井を仰ぎながら考えた後、再び静かに口を開ける。
「……お父さんに叩かれるのは怖いです。でも、お母さんがいます。裕太くんもいます。光璃はみんながいる世界がいいです」
小さく笑みを浮かべながら話す光璃。しかし、その言葉の中のある単語が蒼依の頭に引っ掛かった。
「裕太くん……って、あの裕太? 恭の弟の?」
蒼依の問い掛けに、光璃がハッと気付いたように口を押さえる。みるみる赤くなってゆく光璃の顔を見て、蒼依が「あっ」と声を上げた。
「もしかして……光璃ちゃん、裕太のことが好きなの?」
その瞬間、光璃がベッドから跳び起き、両手で蒼依の口を押さえた。光璃の顔が、茹でダコの如く真っ赤に染まっている。
「大きな声で言わないでくださいっ!」
「ご、ごめん!」
あまり大きな声で言ったつもりはないんだけど……と思いつつも、光璃のあまりの必死さにつられ、蒼依は慌てて口をつぐんだ。
光璃は赤面している顔を両手で覆い、蒼依を見上げながら少し強い口調で言った。
「光璃が裕太くんを好きなこと、恭ちゃんには絶対内緒です!」
「どうして?」
蒼依の問いに、光璃が即答する。
「恭ちゃんは口が軽いです。恭ちゃんに知られたら裕太くんにバレます」
「あぁ、確かに……」
光璃の鋭さに感心しながら蒼依が苦笑いした。
ようやく顔の赤みがひいてきた光璃は再びベッドに横になり、恥ずかしそうにボソボソと話した。
「帰ったら……光璃が自分の口で裕太くんに伝えたいです。だから恭ちゃんに言われちゃったら困るのです」
「そうだね。絶対帰ろうね」
蒼依が光璃の頭を撫でながら励ますように呟いた。光璃は笑顔で頷いた後、目を閉じる。
光璃の寝息が聞こえてきたことに安心した蒼依は、静かに部屋を出ていった。