恭の弟:裕太の部屋にたどり着き、光璃がベッドに潜り込んだ。その傍らに、蒼依も腰掛ける。
その時……横になる光璃の頬に、今までは髪に隠れて見えなかった痛々しいアザを見つけた。
「ねぇ、光璃ちゃん。このアザどうしたの?」
不思議に思った蒼依が、指でアザをなぞりながら尋ねた。その瞬間、光璃の顔に恐怖の色が浮き上がる。
しばらく黙り込んでいた光璃が、意を決したように口を開けた。
「これは……光璃が悪い子だから付いたアザです」
光璃は寝転んだままアザに手をあて、小さな声を出した。その言葉に、蒼依の疑問はますます深まる。
「悪い子?」
「お父さんのお酒の瓶を割って中身を零してしまったのです。お父さんはすごく怒って……光璃を叩いた後、お母さんを殴りました。『お前がちゃんと教育しないのが悪いんだ』って」
光璃は怯えるように声を震わせながら、言葉を続ける。
「お父さんはすぐに怒ります。そして、光璃が良い子じゃないとお母さんが殴られます。お母さんはいつも泣いていました」
光璃の話を聞いている限りでは、これはDV……いわゆる"家庭内暴力"だろう。
蒼依もドラマやドキュメントなどでその存在は耳にしていたが……自分には遠いものだと気にもしていなかった。
蒼依が呑気にそんなテレビ番組を見ていた間にも、光璃は苦しんでいたのだ。
「光璃はあの家にいてはいけない子。お母さんを苦しめる悪い子です。そう思った時、お父さんに『出ていけ』と言われて……気付いたらこの世界にいました」
「ひどい。暴力を振るった上に、出ていけなんて……」
蒼依が憤りを感じ、顔をしかめながら呟いたが……光璃は激しく首を横に振った。
「お父さんは悪くありません。お父さんはお母さんを痛め付けた後、いつも泣いていました。『殴りたくないのに止められない』と謝っていました」
言葉を紡ぎ続ける光璃の目には、いつの間にか涙の膜が張っていた。
「光璃が良い子にしていたら、きっとお父さんはお母さんを殴りません。元の世界に帰ったら、光璃は良い子になるのです」
光璃が目を拭いながら話し終えた。蒼依はそんな光璃を見下ろし、優しく頭を撫でる。