水を打ったように静まり返る玄関で、蒼依は小さくため息をつきながら靴を脱いだ。
自分の部屋へと上がり、クローゼットの中から次々と私服を放り出す。
動き易さを重視して選んだ服に着替え、小さな斜め掛け鞄に必要最低限の物を詰め込んだ。隼人から受け取った拳銃は、すぐに出せるように鞄のポケットに入れておく。
蒼依は一通りの準備を済ませると、急ぎ足で玄関に戻って来た。あまり手間取っていると隼人が怒り出すからだ。
靴を履こうとしゃがみ込んだとき、ふと靴棚の上にある写真立てが目に入った。
「お父さん……」
こちらの世界の父も、相変わらずの笑顔で写真の中に収まっている。
その写真をしばらく見つめていた蒼依は、勢いよく顔を上げ、履きかけていた靴を脱ぎ捨ててリビングに戻った。
蒼依はリビング内を見回し、ようやく目当てのものを見つけた。本棚の上に立て掛けられていた写真だ。
その写真は、蒼依の中学入学式の時に撮ったものだった。この頃はまだ生きていた父の雅則と母の遥香、そしてその二人に挟まれて晴れ晴れしい顔をした蒼依が写っている。全員が……幸せそうに笑っていた。
蒼依は目を潤ませながらその写真を見下ろした後、写真立てから外して大切そうに鞄の中にしまった。
――諦めてたまるもんか。絶対……絶対帰るんだ。
蒼依は心の中で誓いを立てると、乱暴に目を拭って玄関へと駆け出した。
「遅い!」
蒼依の家の前の塀にもたれて腕組みをしていた隼人が、蒼依を睨みながら唸った。
蒼依はそんな隼人をじっと見つめ、発見したように言った。
「桐生って、かなりせっかちな性格なんだね。もっと心に余裕持たなきゃ早死にしちゃうよ?」
「大きなお世話だ」
隼人がそう呟いたとき、蒼依の家の裏にある公園から金属が軋むような音が聞こえた。
蒼依と隼人が訝しげに顔を見合わせ、その音がする方へと近付く。
キィー……キィー……キィー……
定期的に聞こえるその音は、蒼依達が近づくにつれて大きく響いてくる。
蒼依と隼人が物影に隠れながら公園の中を覗くと……ブランコを漕いでいる七、八歳ほどの少女が見えた。