「あ、ちょうどよかった。このノート、蒼依に返してもらっていいすか?今日返し忘れちゃって」


恭がそう言いながら自分の鞄の中からノートを引っ張りだし、遥香に差し出した。しかし遥香はノートを受け取らず、遠くを見つめながら小さな声を出した。


「蒼依、ね。いなくなったの」


「え?」


「消えたの。たった今、私の目の前で」


「消えた?ってなんですか?」


恭は遥香に怪訝な顔を向けて問い掛けた。が、目の前に転がっている蒼依の学生鞄を見て、尋常ではない事態であることを悟った。


恭が急いで蒼依の鞄を拾い上げ、遥香の方を振り返る。


「とにかく、蒼依を探さないと!」


「探す?どうして?」


きょとんとして尋ねる遥香に、恭が信じられないと言う顔で声を張り上げた。


「どうしてって……娘だろ!?」


「私には娘なんて……いない。そう、あんな子いらないの」


遥香は怪しげな笑みを浮かべ、茫然としている恭を残して、ふらふらと家に向かって歩き出した。




――母親失格だと言われてもいい。弱い人間だと思われてもいい。


誰に何を言われようと、私は自由になりたいの。


自分の幸せを願うのは、いけないことかしら?自分の気持ちを大事にするのは、間違っているかしら?


だったら、教えてよ。


何が良くて、何が悪いの?何が正しくて、何が間違っているの?それを決めるのは、いったい誰?


何も考えたくない。もう疲れた。


私は蒼依なんて、娘なんて


……イラナイ。


【Adults Side*END】