――違う!私は雅則さんを忘れた事なんか一度もない!
しかし、蒼依は鋭い目で遥香を睨んでいる。その目は明らかに軽蔑の光を含んでいた。
「蒼依、話を聞いて!ちゃんと説明するから!」
遥香は目を潤ませながら蒼依の手を握ろうとしたが……無情にも、蒼依はその手を振り払ってしまった。
「汚い手で触らないでよ!!」
蒼依のその一言が、遥香の胸に突き刺さる。同時に、遥香の中にある疑問が生まれた。
「……誰かに頼るのは、そんなにいけないこと?」
遥香は拳を堅く握りしめ、蒼依を睨みながら口を開く。
「あんたにはわかんない。お父さんが死んでから、私がどんな思いであんたを育ててきたか。一人で……どんなに悩んでも誰にも相談できなかった」
――私はこの一年間、精一杯頑張ってきた。
雅則さんを失った悲しみを押し込めて、家事も仕事も両立させて。蒼依を不安にさせないために、辛い時も一人で耐えてきたの。
でも、雅則さんがいない日々は寂しくて、家計を支える分だけ仕事は大変になって……精神的に限界だった。
「そんな私を彼が支えてくれたの!私の話を聞いて、力になってくれたのよ!それが、そんなにいけないことなの!?」
蒼依の進路やこれからの生活……考えなければいけないことは山ほどあった。そんな時、相談に乗ってくれる人の存在がどんなに強さを与えてくれるか。
なのに……
――あんたは、私が誰かに頼ることすら許さないっていうの?
必死で働いて得た生活費や学費、塾の受講料……全ては蒼依の未来のため。しかし蒼依は、そんな遥香の思いも知らずに平然と塾をサボっていた。
私の苦労は何だったんだろう……遥香の頭には、その言葉が離れなかった。蒼依には、遥香の思いも頑張りも届いていなかったのだ。
その事実を思い知った瞬間、遥香の中で何かが弾けた。
「もうたくさんよ。あんたなんて生まなければよかった」
遥香がそう言い放ったとき、蒼依の体が白い光に包まれた。
――なに……!?
蒼依の体が薄れ、消えていく。
「お母さん!!」
蒼依が助けを求めるように手を延ばして叫んだ瞬間、蒼依の姿が完全に消えた。