正直、気持ちは嬉しかった。


もちろん、夫への気持ちを忘れたわけじゃない。誰よりも愛してるし、これからもそれは変わらないと誓える。


しかし、彼はもうどこにもいないのだ。どんなに求めても、彼が笑いかけてくれることも話を聞いてくれることもない。


対して、安西はこの一年間ずっと自分を支えてくれていた。夫の死を乗り越えられたのは、そのお陰だと言っても過言ではない。

一緒にいられたら、どんなに心強いだろう。

しかし、その気持ちに"妻"として……また、"母"としての自分が歯止めをかけた。


『他の男に好意を抱くことが雅則さんへの冒涜にならないだろうか』


『思春期の蒼依が再婚を受け入れてくれるだろうか』


遥香が俯きながら悶々と考えを巡らせていると、少し気まずそうな顔をしていた安西がゆっくりと立ち上がった。


「そろそろ出ましょうか。外も暗くなってきましたし」


「え……えぇ、そうね」


我にかえった遥香は、慌てて荷物をまとめて安西の後に続いた。


店を出たところで安西と別れた後、浮かない顔で帰路につこうとする遥香の目に、ふと見覚えのある後ろ姿が映る。


「……蒼依?」


遥香の声に振り返ったのは、紛れも無く蒼依だった。


「何してるの?今、塾のはずでしょ?」


そう問う遥香の脳裏に、考えたくもない言葉がよぎった。


「まさか……サボったの?」


――蒼依に限って、そんなことがあるはずないわよね?


『否定してほしい』……そんな遥香の願いも虚しく、蒼依は黙ったまま目を合わせようとしない。


「蒼依!なんとか言いなさい!」


「自分はどうなの?」


やっと顔を上げた蒼依が低い声を発した。怪訝な顔で首を傾げる遥香に、蒼依が言葉を続ける。


「仕事だなんて嘘ついて、男といちゃついてるのはいいわけ!?」


――……え?


その言葉を浴びせられた遥香は真っ青になり、手足の力が抜けていくのを感じた。遥香は数歩さがりながら声を絞り出す。


「まさか、さっきの……」


「見てたよ!お父さんが死んで一年しか経ってないのに、どうしてそんなに簡単にお父さんを忘れられるの!?」