「そういえば、蒼依ちゃんは元気ですか?」


安西が不意に遥香に問い掛けた。


「えぇ。もう中学二年生になったのよ」


「うわー!そうなんですか!蒼依ちゃん、もう僕の事なんか覚えてないんだろうなぁ」


あまりにも悲しげに言う安西を見て、遥香がコーヒーにミルクを足しながら笑いかけた。


「仕方ないわ。安西くんが最後に会ったのは、蒼依が三歳の時だもんね。雅則さんのお葬式の時は話せる状況じゃなかったし」


「そうですよね。……もう、大丈夫ですか?」


安西が少し気遣わしげに尋ねた。恐らく、雅則の死の事を思っての問い掛けだろう。


「えぇ。安西くんが話を聞いてくれたおかげで。蒼依の前でメソメソ泣いてるわけにいかないもの」


遥香は、コーヒーを口に運びながら気丈に答えた。そして空気が暗くなるのを恐れてか、慌てて違う話題を持ち出す。


「ねぇ、安西くんは結婚とかしないの?確か、もう三十四歳でしょ?」


「んー。予定ないですね」


苦笑いしながら言う安西に、遥香がふぅっとため息をついた。


「そっかぁ。でも、あんまりのんびりしてると、いい人みんな持ってかれちゃうわよー?」


遥香が茶化すように言うと、安西は急に真剣な顔付きになり、小さく呟いた。


「のんびり……か。確かにそうですね」


安西は、テーブルに置かれている遥香のが手を握り、強い眼差しで遥香を見つめた。遥香は安西の突然の行動に驚き、安西を見つめ返す。重なっている手が異常に熱い。


「僕とお付き合いしてくれませんか?もちろん、結婚を前提に」


「……え?」


「初めて会った時から、ずっと好きだったんです。でも、遥香さんは徳永先生と結婚の約束をされていたし」


思わぬ告白を受け、遥香は自分の体温が急激に上昇していくのを感じた。


「ちょっと……待ってよ。そんなこと、いきなり言われても……」


真っ赤な顔を隠すようにうつむく遥香に、安西が急いで握っていた手を離した。


「すみません、焦りすぎちゃいましたね。でも、これが僕の気持ちです。僕はあなたを支えたい。もちろん蒼依ちゃんも。もし心に余裕が出来たら、少し考えてみてくれませんか?」