わたしが隣に座ってから足の指先が冷えてきたころ、クラタさんはさみしくなるね、とつぶやいた。視線はあの窓を捕らえている。
 なにかが空からちらちらと落ちてきた。
 なぜ、とわたしが聞くと、春が、来てしまうよ、とクラタさんは舞っている雪を手のひらでつかまえる。じわり、と水に変わった。毎年来るじゃない、クラタさんらしくないよ、わたしもひときわ大きな雪をつかまえようと手を伸ばす。けど、雪はわたしを避けてほかの雪に混ざってしまった。
 あなたが、いなくなるじゃない。
 雪はちらちらと踊るように舞っている。わたしはひたすら雪をつかまえようと手を伸ばしていた。
 春にはあなたは行ってしまうんでしょ、とクラタさんはわたしより幾分手を濡らしながら言った。雪はわたしを避ける。
 そう、わたしは冬が明けたらあの窓のある場所を離れなければならないのだ。それは五年前にはもう決まっていたことで、けれどそれをクラタさんがさみしがるとは到底考えもしなかった。わたしがいなくなったところでクラタさんはずっと変わらずにいつものあの場所で窓の外を見ているのだとばかり思っていた。
 さみしいの、とわたしが聞くとクラタさんは帰ろうか、と歩き出す。
 さみしいの、とわたしが聞くとクラタさんは何も答えずただ前を歩いていく。黙々と、真っ直ぐに。徐々にわたしとクラタさんの距離は開いていき、強くなった雪でクラタさんの真っ直ぐな背中は見えなくなった。

 クラタさんはいつもの場所でいつものように窓の外を見ていた。ただ、違うのはその肩には白い雪が残っていた。
 さみしいよ、クラタさんはつぶやいた。
 らしくない今のわたしもわたしなんだよ。わたしを変えたのはあなたなんだよ。クラタさんは雪で隠されてしまったあの青いベンチを見る。
 でも、しょうのないことだから。春には、戻るから。クラタさんの肩の雪はじわり、じわりと水になる。
 その肩は寒そうに震えていた。

 わたしは、変わってしまったクラタさんを思って少し泣いた。わたしが変えてしまったクラタさんを思って少しだけ、泣いた。
 春になったら、クラタさんはあの場所でゆっくりと移り変わる景色をひとり、見ているのだろうか。
 わたしのいない、いつもの場所で。