彼と私の関係〜もう1つの物語〜




「やっぱり結婚って一番好きな人じゃないと幸せになれないと思うんだ。俺は奈央となら幸せになれるし幸せにする」



私のお腹に手を当てると「産まれてくる事の出来なかった子供の為にも幸せになろう」と。



ポタポタ……


自然と零れる涙は私にとってどんな意味があるんだろう?



拓海への嬉しい気持ちと……



真央に対してのごめんなさいという気持ちだった。



「ありがとう、拓海」



――真央……


ごめん……



私は真央に間違った事を言ってしまった。


気付いたのと同時に溢れる涙は止める事をできなくて。








「奈央?」


「……どうしよう……どうしよう」



――真央……



優しく背中を撫でてくれる拓海は何かを感じたのかもしれない。



「今の奈央の気持ちを話して」


「……っ、私っ、真央に……」



修ちゃんサンの所に戻る事は、真央にとって幸せだと思っていた。



だけど……



拓海の言葉がそれは間違っていると教えてくれた。



『結婚って一番好きな人じゃないと幸せになれないと思うんだ』



佐々木さんを好きな真央が修ちゃんサンと結婚すると言う事は、すべてが丸く納まる事だけど……








――真央にとっては決して幸せじゃないんだと。



真央は佐々木さんへの想いを抱えたまま修ちゃんサンとの道を選んだ。



どれだけ苦しんだんだろう?


どれだけ傷ついたんだろう?


どれだけ……


涙を流したんだろう?



どれだけ……


どれほど……



「奈央は間違ってないよ。真央はちゃんと分かってる。自分を責めるな」



拓海の言葉も耳を通り抜ける。



「っ、真央っ、ご、ごめんっ」



その声が届かなくても。


今頃気づいた過ちだと知っても。



そこに居ない真央に私は何度も何度も謝罪することしか……


出来なかった。








年が明け、私は真央へ謝罪の気持ちを引き摺ったままだった。



連絡を取ればいいとは分かっている。


だけど、真央が自分で選んだ道を今更どうこう口出しする事もできない。



謝っても……



もう時間を巻き戻す事は出来ない……



「いらっしゃいませ」



マスターの言葉で我に返った。


今は仕事中。


切り替えないと……



「いらっしゃ……」

「岡本奈央さんは貴方ですか?」



私の言葉と初めて見る男性の声が重なった。



「はい。岡本です」



怪訝に思いつつ、男性の言葉を肯定する。


私より明らかに年上の男性。








落ち着いた雰囲気を纏い、優しく微笑む表情は少しだけ疲れて見えた。



――誰かに似てる?



「初めまして。飯田です」


「飯田……さん?」



そんな名前は知らない……


だけど聞いた事があったような気が……



「飯田修司です」


「えっ!」



思わず両手で口を押さえる。


飯田修司って……



修ちゃんサンだ!



「少し……話がしたいんだけど、今日は何時に終わるのかな?」


「奈央、今日はお店大丈夫だから」



穏やかに問いかける修ちゃんサンの登場に私はただ固まっているしかなくて。


マスターが私の様子を見ながらも背中を押すかのように微笑んでいる。








修ちゃんサンはお店が終わるまで待つと言っていたけど、マスターが穏やかに断っていて。


「30分後に駅前の喫茶店で待ってる」と最後は折れた修ちゃんサンが言葉を残してお店を出て行った。



私はホントに呆然とするしかなくて。


マスターに肩を叩かれるまで、修ちゃんサンが出て行った扉を凝視していた。



話って……


真央の事?



それしかない……



ゴクリと口にたまった唾を飲み込む。



やりかけていた仕事を片付け控室へ入り、着替えてからマスターに断って外へ出た。


1月の寒空だと言うのに手は汗ばんでいて。


混乱する頭のまま、足は待ち合わせ場所へ向かって動いていた。








「急にごめんね」


「……いえ」



こうして初対面の修ちゃんサンと向かい合ってコーヒーを飲んでいる今の自分がすごく不思議だった。



どうしてこうなったんだろう?



疑問だけが頭を駆け巡る。



「奈央さん……って呼んでもいいかな?」


「あっ、はい」


「奈央さんの事は真央から何度か話を聞いた事があるんだ」


「そうですか」


「一番の親友だと聞いてる」


「……はい」



真央は修ちゃんサンにどんな話をしているんだろうか?



目の前の修ちゃんサンは穏やかに微笑みながらコーヒーを飲んでいて。



その表情と雰囲気が……








「似てる……」


「ん?」


「あっ、いえ……何でもないです」



――佐々木さんに似てるんだ。



気付くと私の胸がギュッと痛む。



「私が真央と結婚するって言うのは聞いてるよね」


「はい。招待状を送るからって連絡を貰いました」


「招待状は私が今持っているんだ」



そう言ってスーツの胸ポケットから白い封筒を取り出し、スッとテーブルの上を滑らせる。


怪訝に思いながらも受け取り、何気なしに裏返すと……



「……あれ?」


「はは。ちょっと変かな?」


「変……っていうか……」


「直接渡す意味が分かる?」


「……いいえ」



差し出し人は……








――真央の父親の名前しか印刷されていなかった。





「……去年の春、仕事で地方へ出向したんだ」



招待状から顔を上げると、話し始めた修ちゃんサンは窓の外を眺めていて。


修ちゃんサンの話に私は何も言えず、ただ注視するしかなかった。



そして……



修ちゃんサンは……





――すべてを知っていた……



真央と佐々木さんの関係。


佐々木さんが真央を好きだと言う事。


真央も佐々木さんへの想いを持っている事。



そして……





佐々木さんへの想いを隠し通して修ちゃんサンと結婚する覚悟を決めている事も……