彼と私の関係〜もう1つの物語〜




高橋さんは黙って聞いていて。


彼らは、この話をするために此処へ来たんだと気付いた。



佐々木さんが過去に見せた何かを諦めているような感じ。


何も映していないように思えた目。


すべてが私の中で繋がった。



――彼はずっと苦しんでいた。



どう足掻いても抜け出せない現実。


話の内容からすると、離婚なんて奥さんには言い出せないんだろう。


ストーカーのような事を平気でして、嘘を並べる奥さんなら……


正直、何をするか分からないんじゃないのだろうか?


佐々木さんは奥さんだけじゃない。



――子供がいる。








奥さんに嫌悪感を持っていても、子供は可愛いはず。


無意識に押さえた下腹部は、かつて拓海の子供が居た。


光を見る事がなかった我が子。


そう思えるだけでも苦しく愛おしいと思えるのに、この世に産まれて元気に育っている我が子を嫌いだと思えるのか?



――絶対に無理だと。



「俺はお前に嘘は付かない。これからは同僚としてだけじゃなく友人としてよろしくな」



高橋さんは佐々木さんにそう告げると、しばらく無言でカクテルを飲んだ後、席を立って店を出て行った。



知らなかった佐々木さんの過去を聞いて、私は涙を零していた。


穏やかな笑顔の下に隠れていた真実。








人を見た目で判断してはいけない。


本当にそう思えた。



そして……


佐々木さんが真央に向ける特別な視線は、ただのファンじゃないと思ってしまった事。



あれは……


佐々木さんが本気で真央が好きなんじゃないかと。



伝わらない想いを抱えて、逃げられない現実に縛られて。



「辛すぎるよ……」



だけど、真央にはもうすぐ結婚する修ちゃんサンが居る。


佐々木さんには同情できるけど、真央の幸せだけは壊さないで。



真央を迷わせないで。


真央を……



私と同じ道に引き摺り込まないで。



「お願い……」



目を閉じて震える両手を握りしめ、ただそれだけを祈っていた。








季節は冬を迎えていた。



「明日は忘年会だから、社長に付き合うよ」



拓海は溜め息を付いていたけど、私は笑うしかなかった。


相変わらず全社員の飲み会の後は、役職の付く社員を連れて場所を移動する社長。


普段の頑張りを労わる意味と役職ならではの悩みや愚痴にしっかりと耳を傾けるようだ。


皆、社長の好意を知っているから断ることはほとんどない。


もちろん、拓海もその1人だと私は辞める前から知っていた。



「たまには付き合ってあげないと」


「そうだな。社長にはいろいろ心労をかけてるから」








社長は私達が続いている事を知っている。


拓海がすべて話した。


社長はただ黙って頷いていたらしい。


奥さんはあれから社長へ接触していない。


もし話していたら、また同じように話し合いの場を持つはずだから。



こうして新しい部屋に拓海を招き入れている私は、拓海が来る回数だけ奥さんを裏切っているという事実に心を傷つけている。


傷が塞がる前に新しく出来る傷。



この痛みを絶対に忘れてはいけない。


それだけのことを私達はしているのだから。



常にそう考えていた。


それが、私に出来る唯一の奥さんへの謝罪だったから。








いつものようにカウンターでお客さんと話をしながらゆっくり流れる時間を過ごしていた。


もう少しで日付が変わる時間だと思った時、カランとドアのベルが鳴った。



「いらっしゃい……あれ、真央」


「奈央、久しぶり」



常連のお客さんに会釈をしながら奥のカウンターへと歩いてくる真央を私は見守っていた。



「あっれ?今日って忘年会じゃなかったっけ?」


「二次会の途中で抜けたの」



思ったことを口に出した私へ真央は肩を竦めていて。



「あ〜奴とは別行動だったってことか」


「社長に腕引っ張られて行ったよ」


「加藤さんも相変わらずだ」








そういえば、吉沢さんが出産してから二次会の幹事を真央が引き受けてるって拓海が言ってたっけ?



無意識に真央が好きなアプリコットクーラーを作っている自分に少しだけびっくりした。


無意識って怖い……



煙草の灰を灰皿へ落とす真央の横へ、お疲れ様と言いながら作ったアプリコットクーラーを置く。



真央を練習台にした結果、真央の口に一番合うお気に入りになったもの。



「ありがと」



真央は煙草を置くと、グラスを手に取ってくれた。



真央は飲んでもあまり顔に出ない。


いつも2杯飲んで帰る真央に、念のため聞いてみた。








「相変わらず飲んだの?」


「付き合いでビールだけ。最後に烏龍茶」


「次は何飲む?」


「そうだなぁ、じゃあXYZで」


「了解!おつまみは適当でいい?」


「奈央に任せる」


「了解」



美味しそうに味わってくれる真央に微笑みかけ、さっき冷蔵庫へ入れたレモンジュースを取り出すと、リクエスト通りXYZを作る。


マスターの言葉が頭を過る。



『自分の気持ちの持ち方1つで、何事も変わるものなんですよ』



真央はマスターの思いを知らない。


それでも私へリクエストしたのには意味があるような気がした。








「奈央、藤井さんとはうまくいってるの?」


「藤井さん?うん、相変わらずだよ。何か言われた?」


「ううん。別に」



――やっぱり何かあるの?



「昨日電話があって、今日は行けそうにないって言われたかな」



冷静を装いながら様子を伺ってしまう。


真央から差し出された空のグラスを受け取ると、作りたてのXYZをコースターの上に置く。



真央は最近の会社での出来事や、今日の忘年会の話を掻い摘んで聞かせてくれて。


その内容には特に変わった様子もない……



ただの思い過ごし?



そう考えた時だった。





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