「はい」
ホンに尋ねられ短く返事を返したのは、どこかやさぐれた刑事の雰囲気を持つ男、鼎仁(ディンレン)だった。
「今だ街は民族闘争が絶えず、つい先日もワ系の青年が一人……」
「ああ」
ディンが言いかけると、ホンはディンの方を向き直り、その先の言葉を止めた。
「私が聞いているのは、そんな事ではないのだがね」
「あ……。例の、件ですか」
ホンに言われ、ディンは内心で軽く舌打った。
この上司が気にしているのは、あの街のことについてだけなのか、と。
国の実権を握っているにも関わらず、なぜ一番の問題点に目を向けようとしないのか。
それがディンには今一つ理解できなかった。
「頼むよ、ディン『警部』。君を見込んで任せてあるんだ」
ディンの心内を見透かすように、ホンが言う。
「この国の均衡を保つためには、多少の犠牲は付き物なのだよ」
「……は」
後ろ手に組まれたディンの拳は、強く、強く握られていた。