こうなったら直接この女性に聞くしかない、か…。


 
正直あまり気が進まない。


 
普通の人間なら当たり前だろう。


 
愛し合っているということはちゃんと身体が理解しているのに、その愛している相手の名前を思い出せないなんて…。


 
普通の人間ならこんな状況に遭遇することもないだろう。


 
自分が立たされている状況も理解できずに、この状況を改善させることさえも渋っている。


 
なんだか自分という存在が情けないものに思えてならない。


 
そんな思考を巡らせていたせいだろうか。

 
手のひらからじとっと汗が出てくるような感覚。


 
左の薬指の指輪をしている部分が汗ばんで気持ち悪い。


 
右手で指輪をずらそうとした時、ふと右手を見て僕は驚愕する。


 
そして次の瞬間、驚愕したと同時に僕が今からしなければならない目的を理解した。


 
灯台下暗し。


 
まさにこの諺がぴったりだった。


 
近いうち僕はこの女性を殺すのだろう。


 
僕の右手にはごく自然に、これは自分の体の一部分ではないかと思うほど自然に、何の違和感もなく…


 
鋭利な刃物が握られていた。