くそっ…!

 
心の中で舌打ちをする。

 
いくら考えても何も思い出せない。

 
よく思い出せ。

 
何か覚えているはずだ。

 
僕がこの場所にいるのには何か理由があるはず。

 
辺りを見渡して見る。

 
僕の目の前にはこの世の終わりまで続いているのでは、と思わせるほど遠くに見える水平線、僕の視界いっぱいを埋め尽くす大海原。

 
右隣にはこの美しい女性。

 
左を遠く見渡せば断崖絶壁の高く険しい崖。

 
背後にはコンクリートの段差、その先にはガードレール。

 
ガードレールの横にはハザードランプをテカテカと点滅させているセダンタイプの車が停車されている。

 
ハザードランプを点滅させてはいるものの、さっきから道路を走る車の音を一つも耳にしていない。

 
耳に入ってくる音といえば目の前で、規則正しく押しては返すを繰り返すこの波の音だけ…。

 
この音を聞いているとなぜか心の中に隔たりが出来る。

 
生理的に合わない。

 
天には寸分も欠けることなく、この暗い世界をぼんやりと明るく照らしている見事なまでの満月。

 
地にはサラサラとした一面の砂浜。

 
綺麗な貝殻はいっぱい落ちているが、ゴミなどは一つも落ちていない。

 
そのことがこの場所に、あまり人が訪れないということを物語っていた。


どの光景を振り返ってみても、これといって特別変わったものは見当たらない。