「王子、ご厚情の数々、身にしみますぞ。しかし、この弟竜には私が必要なのです。正確には私の持つ解毒の牙、が」


「牙?」


 出し抜けなアレキサンドラの声に衆目が集まる。濃霧はすでに去っていた。


「な、なんですかな」


 マグヌスが迷惑気に目をしばたたく。


「マグヌスどの、思い出して欲しい。私は泉であなたの毒牙を抜いた。痛かったかもしれないが、今、それがここにあるとしたら?」


「助かりますな、だが事は一刻を争う」
「そうか!」


 アレキサンドラが突進してゆくのをだれも止めなかった。マグヌスには彼女の手元に光る真珠色の牙が見えていた。

 そして、涙をこぼしていた。


「助かった……マグヌムが死なずにすんだのだ。ありがとう花の乙女、星の巫女よ……」


 その瞬間、大蛇の復活を告げる咆哮を皆が聞いた。その口腔内に光沢を持つ牙が。

 アレキサンドラは相手が相手なのできわめて用心深く、急所を狙ったのである。竜の弱いところ、口の中だ。

 だが目の前のマグヌス宰相の口から赤いものが溢れて止まらない。

 足が宙に浮き、マグヌスの目は反転したかのように、定かではなかった。

 その胸元から悪魔のようなかぎ爪がそそり立っていた。
「マグヌス殿!」