二人は通りなれてきたはずの地獄が楽園に見えてきた。そして知った。この地獄の主があるところ、そこがすなわち地獄なのだと。

 それにマグヌムは逆に王子を主に差しださんとばかりに腕をとらえて放さないようだ。それでさっきから悶着していたらしい。


「なに、この騒ぎは」


 何も知らぬは彼女ばかり。クリスチーネはとっくに騒ぎの原因に気が付いていた。


(俺の耳は長くてひゅんとしているばかりでなく、高性能なのさ!)


「馬鹿野郎、わざわざ地獄くんだりまで迎えに来た私を、主に捧げるとは、なんったる無礼。それにまだおまえは謝ってない。私は無能の低能ではないぞ」


「そうかな? わざわざ俺のためにやってきてくれたのだろう? これくらい役に立ってもらおうじゃないか、失敗作のオオカミ男君?」


「貴様ア!」


 今は遠いあの頃が、思い出が胸に突き刺さる。

 父も母も消え、宰相のみが身近に残った。

 しかし、彼は王子に優しくはなかった。当然、邪魔だったからに違いない。