その瞬間、京介は逃げていく男を見届けた。

しかし、いつもなら何の躊躇も無く追いかけて、
捕まえるか叩きつける京介だったが、

こと、父のことになると心配で動けなかった。


京介は蒼ざめた顔をして栄を支えた。


北海道から戻った時だったから、栄はしっかりした仕立ての、
温かいカシミヤのフードつき半コートを着て、
中に厚手のセーターとシャツを着ていた。

が、余程鋭利な刃物で切りつけられたようだ。

腕の辺りが見事に切り裂けられ、血がにじみ出ている。



「京介、わしのポケットからハンカチを出して
血止めをしてくれ。」



京介が栄の指示通り、ハンカチを巻き終える頃、

先に倒れた外国人と、二人を取り巻いていた群集を押しのけて、
二人の男が掛け寄って来た。



「我々は空港警察のものです。
すぐ救急車が来ますので頑張ってください。」


「いきなり父に切りつけた犯人を捕まえたか。」



本来なら自分が飛び出して行きたかったが、
今の京介は父と離れる事は考えも及ばない。

が、怒りは治まらない。

17歳らしからぬ言葉使いで警察官たちを睨みつけている。



「いえ… まだ追跡中です。
我々は怪我人の把握を… 

犯人は二人。 福岡から来たイラン人に密輸の疑いがあり、
という情報を下に職務質問していたところ、
いきなり日本人の若い男が駆け寄り、イラン人にナイフを手渡し、

自分たちが逃げるために、
ええ、無関係の人達を無差別に殺傷しながら逃げているのです。

一人がこっちへ来ましたから、
我々も二組に分かれて追っていたのですが… 

関係ない人達が七人は被害に遭ったようです。」



京介の威圧感に押されたのか、
警察官は何の違和感も持たずに状況を説明している。


そして、説明を聞いている内に救急車が到着し、

とりあえず近くにいた外国人と栄から病院へ運ばれた。