その京介は、腹が空いた、と言いながら
テーブルに残っている煮物をおかずに飯を食い直している。

まさにいつもの京介だ。


いやな事、悲しい事は心の引き出しにしまって置けばいい。


何かの拍子に顔を出しても収める所があれば… 

わしが可能な限り京介を見る、

それで良いではないか。

栄はそう思うことにして優しい眼差しで京介を見ている。




冬休み、受験生達は塾、予備校、家庭教師と
普段より息の詰まる勉強に取り組んでいる。

が、京介は、栄の立てた計画通り、
北海道の大雪山東部にある温泉旅館を基盤として
スキーを楽しんでいた。


温泉旅館と言っても
温泉の好きなのは栄だけ、

京介は元々好きではなかったし、
まだ、二週間前につけたわき腹の傷跡が生々しい。


栄のようにゆったりとした大浴場や露天風呂へは行かず、
普段通り寝る前にちょっと部屋風呂に浸かる程度だ。


ある夜、栄はいつものように寝酒を楽しんでいた。

そして何を思ったのか、
冬の静寂に包まれた宵と言うのに半間の窓を開けた。



「父さん、酒に酔ったのか。風をひくぞ。」



いきなり冷たい風が吹き込み、
京介は寒がりなのにそんな事をした父を見た。



「気にするな。 見ろ、京介、
あの雪の上に浮かんでいる澄んだ月を。

わしは風流などと言う言葉とは無縁の人生を送っているが、
あの無色の風景だけは
無粋なわしの心にも沁み込んで来る。」



それだけ言うと栄は窓を閉めた。



「俺も雪景色は大好きだ。
うん、夜の景色もいい。が、俺は、

やっぱり太陽の光を浴びている白銀の昼間が好きだな。」



京介はそう言いながら、
昼間自分が滑走している雪山の景色を思い出している。