「あったかいね、カシミア」
「買ってやろうか」
「無くすから要らない」
「それ無くしたら泣かせるからな」


 10月の夕暮れを、二人で手を繋いで帰る。
駅前の大通りには同じ学校の生徒がたくさんいた。高校三年生にもなると、一度も話したことのない後輩たちまで挨拶してくる。
とりわけ蘇芳大志は大人気だった。

「ハーレムね」
「知るか」
「噂してた。クールビューティだって」
「馬鹿か。そりゃお前だ」

いきなり両方のほっぺたを引っぱられる。

「ぶっさいく!」
「……。」

普通に痛い。
爆笑している彼の胸を叩く。

すると彼は、笑いながら髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜてきた。その後、もじゃもじゃのままでも頓着しない遥に代わって手櫛で整えてくれる。
自分でやっといて自分で直すのだから、なんて面倒見のいい男なのだろうと思う。
人気があるのも頷けた。

「お前、食欲は?」
「ない」
「食えよ。今日は鍋な」
「…水炊きがいい」
「はいはい」

 クラスメイトで義兄妹の二人を、周りは恋人同士だと思っているらしい。
隠すつもりはないが敢えて言わなかったら、いつの間にかそういう関係として知られていた。
大志も遥も、お互い好都合なのでそのままにしている。
困ることは何もなかった。



 魚住遥には、自分から他人に話さない事実がたくさんあった。
それは秘密というほどのものではない。
一番騙せないのは自分で、だから過去にあったいろいろな物事は他人に知られてもいいと思っている。
今、この体内にいる卵の存在も然り。

話さないのは、ただ面倒だからだ。
必要性をあまり感じない。

誰かと仲良くしたいという概念が、遥には無かった。