頭に浮かんだものを、わざとゆっくりと思い返してゆく。過去も現実も綯い交ぜになったそれを、ゆっくりと数え、奥の引き出しに仕舞い込んでゆく。
そうすればいつも冷静でいられた。

冷えてゆくコーヒー。
消毒液の匂い。

血で汚れた白いカーペット。

リノリウムの床。
学校のプール。

手帳に挟まれたエコー写真。

細い銀フレームの眼鏡。

産婦人科の診察台の色はもう忘れた。
灰色、だったかもしれない。

あの医者も、看護師も、もう実際に会っていた気がまるでしなかった。

何もかもがどうでもいいことのように思えてくるのは、自分に現実逃避をしたい気持ちがあるからということなのだろうか。


「どうだった?」

 顔を上げると、見慣れた人物が立っていた。―――蘇芳 大志 (すおう たいし) だ。
今日も制服を着崩し、いかついネックレスを身につけている。その堂々とした態度は、とても高校生には見えなかった。

「おかえりなさい、大志」

笑いかけると片眉が上がる。
肩に掛けた大きな鞄を重そうに、しかしゆっくりと足元に下ろした彼は、威圧的に「ブレンド」とだけ告げて、注文を聞きにきたウエイターをさっさと追い払った。

「顔色が悪いな。どうだったんだ?」

彼の手のひらが伸びてくる。額にあてられたそれは、自分が安心しても良いものなのだと脳が認識する。

「ただの、風邪だった」

目を閉じて体温を味わう。低すぎず、暑くもない温度。
あの男とは違う、ぬくもり。

そのすらりとした長い指は、殴り合いの喧嘩もするが、ピアノを上手に弾くことのできる指だ。
そのことを遥は知っている。そして彼がカメラを構えたときの、あの剣呑な眼差しも。

「熱があるな。どうしていつもそんな薄着なんだ、お前は」

 溜め息をつきながら、彼がどっかりと腰を落ち着ける。