「っ……!」
 二人の様子を静かに眺めて居たら、急に声を掛けられた。私の視線に気が付いたのだろう。声を掛けてくれたのは、斜め後ろの人の方。人懐っこい笑みを浮かべ、私に手を差し出してくれた。
「俺、壱ノ瀬爽。宜しく、夏稀ちゃん!」
「え、あ……はいっ」
 手を握ることに多少の躊躇はあったが、彼の笑顔を見ていると、私の中にあった緊張感は徐々に薄れていった。
 そこで私は、先程まで壱ノ瀬君と話していた“彼”に目を向けた。最初に視界に飛び込んで来たのは、綺麗な黒髪。そして綺麗な瞳。でも。
「おい、廉。お前も黙ってないで、自己紹介ぐらいしようよ」
「――分かってるって」
 ただ、一言。彼が口を開いただけなのに、どうしてだろう。とくん、と自分の胸が高鳴った。素敵な、声。身体中に行き渡る様な、優しい声。まるで甘ったるい砂糖菓子みたいに、私を夢中にさせる。
「……どうかした?」
 ぼけっと彼の顔を見詰めて居たからだろう、彼は私の顔を少し心配そうに覗き込んだ。か、顔が近い……!
「な、何でもないです!」
「そ? 俺の名前は、神城廉。宜しくな」
 ふ、と柔らかく笑う、彼。壱ノ瀬君とは違って、大人びた表情。そんな彼に、私は何だか気恥ずかしさを覚える。
「えっと、私は」
「知ってる。星川夏稀だろ?」
「あ……うん、宜しくね、神城君」
 私が微笑み返すと、彼は少し考える様な素振りをした。そして、すぐに悪戯笑って見せる。
「廉、って呼べよ、“夏稀”」
「え……っ!」
 そんな、今初めて話した人のこと、呼び捨てなんて、そんなのなんだか照れるよ。私はそう思って、首を小さく横に振った。けど、神城君はあの甘い声で、何度も私の名前を呼ぶ。だから私は恥ずかしくて、控え目に彼の名前を呼んだ。
「れ、ん……君?」
「うん、まあそれで良いか。夏稀の照れてる顔、可愛かったよ?」
「っ〜〜!」
「……まーたお前、夏稀ちゃんがいくら可愛いからって、何からかってんだよ」
 満足そうに微笑む廉君、そんな廉君を見て、呆れる壱ノ瀬君。そんな二人を見て、私は小さく項垂れた。