「嗚呼、これ? これはな……俺のバンド仲間が作った曲なんだ。歌ってるのも、そいつ」
 そう言って、にっ、と自慢げに笑った兄。まるで自分のことの様に嬉しそうだ。
 兄は店長の仕事をしながら、兄の知り合いで音楽が好きな仲間達と組んだバンドで、音楽活動をしている。兄達が作った曲をいくつか聴いたことがあるが、どれも私は大好きだった。
「……素敵な曲、だね……」
 切ない。歌詞を聴いて、ただ、そう感じた。好きな人を想う男の子の気持ちが、まるで私自身の気持ちの様に感じる。こんなにも胸が張り裂けそうになる程の想いを、私は抱いたことがない。誰かを好きになると、こんなにも胸が苦しくなるのだろうか。
 もう一度、耳を澄ます。この曲を作って歌っている“彼”は、こんな風に誰かに恋をして、こんな風に胸が締め付けられる様な想いをしたことがあるのだろうか。又は今、そんな想いを抱いているのだろうか。
 だとしたら私は、貴方に恋をされてみたい。この歌の様に、胸が張り裂けそうになる程、私を想って欲しい。そして、その甘く優しい声で、私に愛を囁くの。
 ……なんて、私は頭の中で淡い幻想を抱いてみた。ただ、この時、何時か誰かが、この歌みたいな想いを私へ向けてくれたら良いのに、と思ったのは、嘘なんかじゃなかったんだ。カップの底に残った、アップルティーを覗き込む。仄かに香る林檎は、優しい恋の香りがした。
 あの日。私は、この“唄”に――“貴方”に、“恋”をしました。