『夏稀が一番気に入ってるあの歌の話なんだけど、あれ、ちょっとしたエピソードがあるんだ』


 兄から聞いて、私は神城家へ向かって居た。昼間の太陽は、容赦なく私を照り付ける。でも、構わなかった。走って走って、ただ私は、この気持ちを“彼”に伝えなければならないから。
 ―――ピンポン
『はい?』
「あの……っ、星川です!」
 暫くしてガチャ、と鍵が開く音がして、間もなく扉が開いた。私が口を開こうとすると、芽依子先生は眉を下げて微笑んだ。
「……廉なら今、学校よ?」
「っ、」
 先生の話によると、廉君は今学校でギターの練習をしているらしい。有り難うございます、と頭を下げた。すると先生はにっこり笑ってくれた。
「多分教室に居ると思うから。頑張って、ね」
「え、あ、はい……っ」
 きっと、先生は全部知っていたのかもしれない。私のお兄ちゃんも。そう思うと急に恥ずかしくなって、もう一度ぺこり、と頭を下げると、一度服を着替えるために急いで家へ戻った。




 土曜日の昼下がりの校舎は、とても静かだった。此処まで急いで走って来た私も、この静寂の中では、自然に足音も静かになる。
 先生が先程言っていた私達の教室は、三階の丁度真ん中辺りにある。私は急ぎ足で階段を上った。
 そこで、ふとギターの音が聞こえて来た。物音をたてない様に、ゆっくりと教室まで歩いて行く。私が丁度、教室の手前まで来た時に、ギターの音色は止んだ。
(廉君……?)
 もしかして、私が此処に来たことがばれたのかもしれない。そう思い、教室の中を覗こうとしたが、その行動は彼によって遮られた。