「葵ちゃんは歌とか歌える?」

「少しなら大丈夫ですよ。」

「本当に?じゃあねじゃあね、これ歌える?妙にはしゃぐその声はまるで子供のようだった」

指をさしたその曲は葵も大好きなエリカのバラードだった。

「いいですよ~そのかわり文ちゃんさんも何か歌って下さいね」

カラオケも有料なことをきちんと分かっていた葵は営業も忘れてはいない。

イントロが始まると狭い店の中に静かに響き渡った。

この店で歌を唄うことは初めてだった。そしてこのような場で。

痛いくらいの視線と高ぶる緊張を押さえマイクを手にする。

こんな時に大人の女性はどんなに余裕な顔つきで歌い上げるのだろう。

葵は優しくそっと囁くような声で唄い始めた。僅かに掠れるその音は儚げな情緒を歌うにふさわさしい。

店の中の全員が葵のそれに聴き入っていた。

そして5分間の小さな発表会は終わった。

言葉に出来ない達成感が葵を包んだ。

「文ちゃんさん、どうでした?」

「うん。とっても良かった。本当に上手だったからびっくりしたんだ。」

「そう・・?満足してもらえて光栄です」

長い長い夜まよくやく終わりを迎えた。

「お疲れさま。葵ちゃん今日は本当に良く頑張ったわね。ありがとう。
文ちゃんもとっても喜んで帰ったわよ。」