そんな言い合いを笑いながら見守っていた千津ちゃんは、湯飲みを両手で持って、1口すすってから言う。
「子どもの記憶ってすごいのねぇ。千津ちゃんはてっきり忘れちゃってると思ってたけど」
忘れるわけない。
実の親に捨てられた現実の中で、遊園地に連れて行ってもらった出来事は心からの救いになったから。
千津ちゃんは湯飲みをちゃぶ台に戻すと、優しい笑顔で続けた。
「千津ちゃんは、迷子の男の子を助けてあげた2人を今でもよーく覚えてるわよ」
それはアイチにもあたしにも全くない記憶だった。
千津ちゃんの話では、迷子の男の子を見つけて、お母さんが来るまで一緒に遊んであげていたと言うことだけれど、あの頃のあたしにそんなことができる余裕なんてあったんだろうかと疑問に思う。
小さい頃の自分を思い出すと、生きて行くことに必死で、周りなんて全然見ていなかった気がするけれど。
「あの時の2人のことだけは、この先も一生忘れないだろうねぇ」
千津ちゃんはそう言って、少し悲しそうな顔をした気がした。
けれど、次の瞬間にはもうその悲しそうな顔は消えていて、代わりに優しいいつもの笑顔が浮かんでいた。