徒歩圏内に行きつけのお店がある。

 夜の空気から、ロックがBGMのお店へ行くのに、ビルの地下へ行き、鉄のドア1枚。ここは全然違う場所だった。

「どうも。タケさん久しぶり」

 分厚いドアに『B‐Rose』と捻ったネオン。ここは、ふたりでよく来る店だ。タケさんはマスター。年齢は正確に知らないけれど、二十代に見える三十代。以前、年齢を聞いた時に「いい男って年齢不詳の方が良い」と言って、正確に教えてくれなかった。

 大きな音のロック。声を張らないと、相手に聞こえない。薄暗い店内。カウンターの中にはタケさんしか居なかった。たしかバイトが居たはず。今日はお休みなのかな。

 長い手をすっと挙げて、タケさんが挨拶をくれた。相変わらず、手足が長くスタイルが良くて、格好良い。

「オッス、蓮。しーちゃんも久々だね」

 タケさんは、蓮の友達。わたしも仲良くさせて貰っている。

 初めてここに連れて来られた時は、びっくりしたし、なんだか落ち着かなかった。いつの間にこういう友達を作ったのだろう。この店を気に入って、通ううちにタケさんと意気投合、お互いバイク乗りなので、休みの日はツーリングへ行く仲だ。

 自分のお気に入りの店に連れて来てくれる、蓮の気持ちが嬉しくて、くすぐったい。
 タケさんは、長袖を着ているのかと思うほど、腕にガッチリと刺青が入っていて、一見チビリそうな外見をしている。でも、とても優しい人。わたしを「しーちゃん」って呼んでくれる。

 ふたりとも、あまり飲めないくせに、だらだらと店に居る。きっと、お店からすれば迷惑な客だと思う。

「どうよ、しーちゃん。今夜こそ俺と寝るか!」

 タケさん、いつもこうだ。それを苦笑いしながら受け流すのも、もう慣れたもの。
少し中性的な顔立ちで、背が高くて、モデルさんみたいなタケさん。話さなければ相当絵になるのに……とも思う。そんなことを言ったら、客商売だぞって怒られそう。

 長めの黒髪はゆるくウェーブがかっている。髭を伸ばしたり、剃ったりしている。どっちが良いか、聞かれた時があったけれど、どっちでも格好いいって答えた。そしたら「うちの広いダブルで添い寝してあげる」って言われたから、低調にお断りしておいた。

 蓮は、仕事のことや友達のこと。わたしは、バイトのこと。タケさんは、風呂が壊れたこと。今日の話題はそんなところ。わたしにとって、他愛もないことを三人で話すこの時間は、とても楽しい。

 最近、バイトくんが辞めたので、近々また雇うらしい。わたしも誘われたことがあるけれど、酔っぱらいの相手は苦手だし、身が持たないのでお断りした。目のこともあるし。

 店内には、わたし達以外に客が居なかった。顔の広いタケさんのお店にしては珍しいこと。いつもワイワイと賑やかに客が居る。しゃべりながら、タケさんはロックの音量を少しだけ、下げた。

 カウンターに並ぶわたし達。左隣に蓮が座っている。右目が不自由なわたしは、右側に座られるとよく見えない。タケさんの背中側に並ぶお酒の瓶とグラス。薄暗い店内でそこだけ明るくて。キラキラしていて、まるで夜景みたい。

 蓮はビールを飲んでいる。タンブラーを持つ手を、わたしはなんとなく見つめていた。
 大きな手。長い指をしている。体が、少年から大人になっていく。蓮の横顔も自分のものにしたかった。
いつも、わたしは思う。触れたい時に触れたい。抱きしめられたい。

「酔ったのか?しーちゃん」

 タケさんに言われ、ハッとする。ボーっとしていた。ちょっとだけ目がチカチカするから、疲れているのかな。

「あ、ううん。大丈夫です」